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馬場さんの件について


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 それが姿をあらわした時、1ーAの教室には様々な驚愕・恐怖・当惑の声が溢れかえった。
だが、その喧騒を破ったのも、それー馬場さんの発した声だった。

「おっはよ~☆トースト咥えたまま走ってたら~曲がり角で牛とぶつかっちゃって~でも遅れそうだったからケンタウルスのまま来ちゃった☆彡」

その人面牛身のものが馬場さんであることがわかったとたん、教室の空気が変わった。
まあ、馬場さんならそういうこともあるかもな、という空気に。

「マジかよ馬場っち~!なにそれウケるんだけど!」
「ていうか馬場っち、ケンタウルスって馬だから。それ牛っしょ?」
「しかも馬なのは下だけだから!お前顔以外牛だから!全然ちげーし!」
「ってことは人面牛?顔が馬場だから馬面牛?」
「ややこしくすんのやめーや!」

クラスの面々はいつも通りのノリで馬場さんと絡み始めた。突っ込みどころが多すぎてもはや何からツッコんでいいのかわからないようなカオスな状況でも、馬場さんが絡んだとたん平常心で受け入れてしまう。彼女には周囲にそうさせる、心を和ませる何かがあった。

しかし、馬場さんと体が入れ替わった牛ー牛面人?-はどこへ行ってしまったのか。そもそも何で牛が道を走っていたのか。それにぶつかって体が入れ替わるって何。あまつさえそんな異常事態よりも遅刻しない方を優先するってどういうこと。

わたしはスルーできずに心の中で怒涛のツッコミを入れていたのだけれど、クラスの派手めのグループに属する少し遠い存在である馬場さんのそういうところにほのかな憧れを抱いてもいるのだった。

 そんなわけで、人面牛身となった馬場さんは、以前と同じように学校で過ごした。手が使えないのでノートを取ったりするのは免除されたし、教科書も周囲に見せて貰って授業を受けた。トイレに行くときも体がはみ出すので、仲の良い女子が個室の前で壁になって見えないようにしていてくれていた。
そうなのだ。
馬場さんは愛される人間だ。
体が牛になってもケンタウロスで~す☆とか言うくらい呑気でちょっとおバカなんだけれど、そんな彼女を周囲は放っておけない気持ちにさせられるのだ。わたしもあんな風だったら、もっと色んな人と仲良くなれたんだろうか。
購買で買ったパンを沼田くんに食べさせてもらって喜ぶ馬場さん。自分の境遇に思い悩んでいる様子は微塵も感じられず、目の前の焼きそばパンを屈託もない表情で味わっている。そんな彼女を見ながら、何か心に薄く雲がかかるような感覚を覚えた。それが何なのかは、その時はわからなかったのだけど。

 牛の体になった馬場さんは、”予感″をしばしば口にするようになった。
「今日の帰り、電車が止まりそうな気がする~」
「次の数学、抜き打ちで小テストくる気がする~」
「一番奥のトイレが使えなくなりそうな気がする~」
こんな風なことを突然言う。
この予感は当たるときもあれば、当たらないときもあった。電車は事故で止まったけれど、抜き打ちの小テストはこなかった。ちなみにトイレは馬場さんのせいで詰まって使用禁止になったので、これは”予想”の範疇だったのかもしれない。
人面牛身で、”予言”をする。そういう存在をわたしは知っていた。

「もしかしたら、馬場さん、件(くだん)になっちゃったのかも・・・」

放課後わたしは呼び出した馬場さんに、件のことを教えた。
生まれて一度だけ、”予言”を発する人面牛のことを。
そしてその予言を発したら最後、またたくまにその命が尽きるということも。
「馬場さんが本当に件になったのかはわからないけど、万が一っていうこともあるから。未来が見えたりしても、それを口に出さないように気を付けて」
「ん~、あたしのは”予言”みたいにはっきりしてなくて、な~んかそんな気がするっていうだけの”予感”だから大丈夫なのかな~?」
馬場さんは首をかしげた。心配なあまり勢い余って呼び出してしまったが、不吉さの影など微塵も感じさせない彼女の顔を見ていたら、自分が的外れなことを言っている気がしてきて、だんだんと自信がしぼんでいった。
「それもわからないけど・・・今のところ馬場さん元気だから大丈夫ってことでいいと思う。っていうか、わたしもそんな気がするだけだから。わざわざ伝えて不安にさせない方がよかったかも。なんかごめんなさい」

馬場さんはわたしの目を覗き込んだ。人間の目ってこんなに深い海に落ちていくような色をしていたっけか。
「え~?なんで謝んの?あたしのこと心配してくれたんでしょ?そんなに話したこともないのに~山本さん超優しい~☆」
「全然優しくなんてないよ。他のみんなみたいに何かしてた訳じゃないし」
馬場さんは静かに首を振った。
そこにいたのは天真爛漫な陽キャではなく、年相応の思春期のナイーブな女の子だった。
「みんなはさ~面白がってただけだよ。ちゃんと心配してくれたのは山本さんだけ。あっ、沼田だけはそれ戻れるのか?ってちょっと心配してたけど~☆」

思春期ガールは一瞬で姿を消し、馬場さんは名案を思い付いた子どもの顔になって言った。
「あのね~わたしも実は山本さんに言おうと思ってたことがあってさ~☆」

「ズバリ!山本さんは沼田のことが好きっしょ☆」

余りの不意打ち。きゅうしょに あたった!
「な、なぜそれを・・・しかも今・・・」
わたしはその場に崩れ落ちた。
しかし、馬場さんは屈託のない顔でニッコニコしながら、更に衝撃的なことを言った。

「告りなよ~。沼田は、山本さんと付き合う運命だから」

珍しく言い切った馬場さんに、様々な動揺が入り混じった状態で訊ねた。
「ばっ、馬場さん!それって予言?それとも予感?」

「どっちでもないよ。これは確信」
牛の体の馬場さんは、そう言い放ってニヤリと笑った。

 馬場さんの後押しによって、わたしは沼田くんに告白し、本当に付き合うことになった。これは、予言が成就したことになるのだろうか。
わたしに告白を薦めたあの放課後から、馬場さんは学校に来ていない。誰も連絡がつかないそうだ。

「馬場っちのことだから、またひょっこり帰ってくるって」
「そうそう、今度こそケルベロスになって戻ってくるかも」
「ちょ、ケンタウロスだろ、頭増えてんじゃん!」

クラスメートは特に心配もせず、軽口を叩いている。確かに馬場さんには不可思議を超えていくような、そんな頼もしさを感じさせるところがある。だから彼女の身の上について楽観的に考えてしまうのは仕方ないのかもしれない。だけど沼田くんだけはわたしにこう言った。
「馬場ってさ、ああ見えて結構繊細なんだよね。実は悩んでたんじゃないかと思って」
わたしと沼田くんは、放課後に二人で馬場さんを探したが、手がかりは何も見つからなかった。


「おっはよ~☆みんな久しぶり~☆馬場っち復活!ふっか~つ!」
それからしばらくして、あの能天気な声が教室に響いた。

「馬場っち!どこ行ってたんだよ!つか人間に戻ってんじゃん!」
「いや~さすがに牛の体にも飽きちゃって☆ちょ~っと元の体を探す旅に出てました~☆」
てへぺろ☆しながら言う馬場さんは、元の体を取り戻して絶好調のようだ。「マジ!?よく牛見つかったね。ってかどこまで探しに行ってたわけ?」
「ん~とね、な~んかこっちにいる気がする~って感じでずっと歩いてったら、いつの間にか県またいでて~☆N県のテーマパークの巨大迷路に住み着いて葉っぱ食べてやんのあいつ。牛の体を生かして全力でぶつかったら元に戻った~☆」

そっか、ミノタウロスだもんね。
隣の沼田くんと話していたら、馬場さんがこちらをちらりと見て、ウインクを飛ばしてきた。
わたしと沼田くんは、ニッコリ笑って小さく手を振り返した。


終わり

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