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なんとかする男のはなし(ピコピコハンマー物語)

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 今のパーティに入るずっと前のこと。俺は何でも屋をやっていた。
まだ若かったこともあって、今思えばかなり無茶をしていたな。
他に頼るあてもない、なんて泣きつかれると放っておけなくて、他の連中が断るような困難な依頼ばかり引き受けていた。
ま、そのおかげで押したり引いたり、説得したりブッ飛ばしたり、交渉術の手練手管は身についたな。
そんなうちについた呼び名が「なんとかする男」。
より一層の無理難題ばかりが飛び込んでくるようになったが、俺に出来ないことはない!なんて調子に乗って依頼をこなしていた。

だけど、そんな俺の鼻っ柱を、見事にへし折ってくれたのが、こいつだ。

「よし!次はこのなんかふわふわしてすごく甘そうなやつにチャレンジ!」
「や め ろ ! 手持ちの銭が底をつくから!今夜宿に泊まれなくなるから!」

ウッキウキで屋台のグルメを堪能するそいつを、俺は必死に押しとどめる。
そんな俺たちの後を、小さくなりながら依頼人が付いてくる。
「申し訳ありません。なにぶん初めて見るものばかりで、はしゃいでしまっているようで・・・」
「なるほどー。そりゃあんなにはしゃいじゃうのも当然だね。っておい!あいつ自分の状況わかってるんだろうな?」
「・・・たぶん」
「た ぶ ん っ て !」

今回の依頼は、後継者争いが発生しているさる国の王子を守りながら、刺客の及ばない安全なところまで逃がすこと。依頼人は王子の従者だった。まあなんともきな臭い案件だが、そこはあれだ、俺はなんとかする男なので引き受けた。
ところがこの王子ときたら、箱入りだったからなのか目立つ目立つ。今度は屋台の親父に子供扱いされて、その歳で他人への口のきき方も知らないのか、と喧嘩をふっかけ始めた。言いたいことはわかるが、とにかく今は目立っちゃまずいんだって。

-2-
 とりあえず宥めすかして今夜の宿へ。
山の幸をウリにした晩飯を食べていると、げんなりさせる声で王子が文句を言う。
「うわーっ、キノコだ、キノコが入ってる。食べられない」
「いいから黙って食え」
いらつく俺に向かって、ニッコリ笑顔で王子はキッパリ。
「いーや、食べない!猫さん、よかったらどうぞ!」
「い ら ん !」
つっけんどんに返されても、やつはへこたれるどころかきょとんとした顔。
「あれ?猫さんもキノコ嫌い?」
…だめだ。精神的疲労がやばい。今回ばかりはなんとかできないかもしれん。

俺は耐えかねて、ある時依頼人である従者にあの王子の手綱をもうちょっと締めてくれないかと申し入れた。このままじゃ俺の血管がブチ切れすぎて刺客に襲われる前に死んでしまいかねない。

「あなたにはご迷惑ばかりで本当に申し訳ない。まさかわたしもあの生真面目で品行方正な王子があのようなふるまいをするとは思っておらず、戸惑うばかりで…」

は い ?誰の話ですかねそれ?

「…考えてみれば、幼き頃より王位継承者として厳しく育てられ、あのようにワガママを言ったり、遊ぶ暇も与えられなかったのです。国の外に出て、初めて自由を知った反動で、抑圧が一気に解放されたのかもしれません」

…うわあ…
スパルタ教育、ダメ、絶対。

「とはいえ、このまま人目につく街道沿いを通るのは危険だとわたしも思うのです。実は、この先に渓谷の間を通れる道があると聞きまして、そこを抜ければ中立国へそのまま入れるそうなのです。日程が大幅に短縮できるのではないかと。あなたにご迷惑をかけることも減ると思います」

王子の散財で路銀も心もとない今、旅程の短縮は願ってもないことだった。何よりあの王子から早く解放されたい。俺は二つ返事でその提案に乗った。

-3-

 街道から外れ、道なき道をかき分けて進む。険しい道のりに王子はすぐに音をあげるかと思いきや、何も言わずについてくる。おんぶしろだの抱っこしろだの言われるのではと身構えていた俺は少々やつを見直した。国ではかなり鍛えられていたのだろう。と同時に鍛錬ばかりの日々を思い、胸の奥がかすかにちくりとした。

「この先です」
従者の指す先に、そびえたつ岩壁と岩壁の間に挟まれた細い道があった。
道を進みながら、従者が王子に声をかける。
「王子、もう少しです。ここを抜ければ・・・」
ようやく重責から解放される安堵からか、従者の声は微かに震えていた。

「違う。僕がここを生きて抜けることなんてできない、でしょ?」

王子の冷徹な声が渓谷に響いた。

「・・・どういうことだよ?」
「猫さんはおかしいと思わなかった?僕が街中であんなに目立つ行動をとっていても、一度も刺客には襲われなかったこと」
あのはしゃぎっぷりはわざとだったのか。
「いや、街中はさすがに人目につくから・・・」
「それなら夜間に寝込みを襲ったり、街道を外れてここに来るまでの間だって、チャンスはいくらでもあったよ。おそらく敵は僕たちに気づいている。この渓谷は一本道。出入口を押さえてしまえば、もう逃げ場はない。確実に息の根を止めるなら絶好の場所だ」
俺は王子を誤解していた。こいつはガキの頃からみっちり英才教育を受けてきたんだ。単なる世間知らずの坊ちゃんじゃあない。
王子の達観したような視線が俺をするどく射る。
「猫さん、このルートはどうやって知った?誰から聞いた?」
「それは・・・!」
ハッとなって従者を見る。そもそもこいつは何もしなかった。王子が目立っても止めるわけでもない。いくら騒いでも刺客が訪れないことを知っていたんだ。
マヌケな話だが、ここにきてようやく、俺は嵌められたことに気づいた。

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「・・・さすがです王子。何もかもお見通しですね」
従者はあっさりと裏切りを認めた。
「だからこそ命を狙われることになったのだ。あなたは優秀すぎた。王位継承の順位の慣例をひっくり返すほどに。国の秩序は保たれねばならない」
「勝手に優秀になるように育てておいて、よく言うよ。変なの!」
王子は肩をすくめた。
全くだ。狙い通り優秀に育ったのに、理不尽にもほどがある。言われるがまま厳しい鍛錬に耐えてきたこいつの努力を、人生を、一体なんだと思ってやがる。
俺は自分の命が危機に晒されていることも忘れて、怒りに震えた。

「とはいえ、この期に及んで気づいてももう遅い。あなたは袋のネズミも同然。秘密を知ってしまった何でも屋のあなたも、金で黙るような性分ではなさそうだ。悪いが一緒に死んでもらいます」
従者は喋りながらじりじりと俺たちから距離を取っていき、渓谷の端からするりと外へ抜けた。
「地獄の猛獣が、あの世へ送ってくださいますよ。さすがのなんとかする男も、手も足も出ますまい」
入れ替わりに飛び込んできたのは、カバのような顔をした、全身に鱗の生えた巨大な魔物だった。反対側からも、同じ魔物がこちらへ向かってくる。

「魔物に襲われて命を落としたとかなんとか言いつくろうつもりかな。それとも、自分たちが相手じゃ、僕に勝てる自信がなかったのかな?」
背中合わせに魔物と対峙しながら、王子が軽口を叩く。
この状況でこれだけ言えるなんて、やっぱこいつただもんじゃねえ。
「いやー大ピンチだなーこまったなー」
俺は俺で、理不尽につぐ理不尽オンパレードで怒りを通り越して一周回って笑えてきた。

「ごめんなさい、猫さん。こんなことに巻き込んじゃって」
唐突に王子が真面目な声で言うので、俺の怒りが更に一周してこっちに戻ってきた。怒髪天をついて俺は叫んだ。

「なんでお前が謝るんだよ!巻き込まれたのはお前も一緒だろう!こんな理不尽があってたまるか! 俺 も ! お 前 も ! 他のやつの道具にされるいわれは な い っ ! ! 」

「わっはっは!ありがと!僕についてきてくれたのが猫さんでよかった」
王子は朗らかな笑い声をあげた。その声は実に清々しい明るさだった。

「ねえ、猫さん。この状況からなんとかできると思う?」
「ま、なんとかなるだろう!なんてったって俺は」
俺は背負っていた斧を引き抜いて構えた。
「なんとかする男だからな!」
それに呼応するように、王子も背中の斧を抜いて構えた。
「じゃ、僕は損とかしない男!」
「なんじゃあそりゃあ!」
ツッコミを入れながら斧を魔物に向かって振り下ろす。
「だってさ!」
背中の方で王子が魔物を横一文字に切り裂く気配を感じる。
「こんな時に背中を預けられる相手がいるなんて超ラッキーじゃん、僕!」
「ちがいないねえ!」
冷や汗をかきながら、俺たちは大声で笑いあった。

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「さて、これからどうするよ、王子さま?」
命からがら渓谷を抜けて、俺たちは更に歩を進めた。中立国に刺客が待ち構えていることを警戒して、大きな街には立ち寄らず、小さな村々に宿を求めた。
「国に戻って王位を奪って、あいつら全員牢屋にぶち込むとかしないわけ?」
木陰に腰かけて休憩中。嵌められて腹の虫がおさまらない俺がそういうと、王子はいかにも嫌そうに顔をしかめた。
「やだよ、面倒くさい!もうあんな国には戻るつもりはないし」
「すまん。そりゃそうだよなあ、あんな思いしたら」
やり返すよりも、あんな連中と金輪際関わりたくないという気持ちはよくわかる。
しばらくの間、俺たちは無言でそこに座っていた。

「ねえ、猫さんは何でも屋さんなんでしょ?僕からの依頼、受けてくれる?」
唐突に王子が口を開く。
「内容によるな」
俺は若干身構えた。どんな無理難題が飛び出すか。
「あのさ、僕と一緒に冒険者になってくれないかな?見たことのないもの、行ったことのないところ、僕はたくさん知りたい」
「なんで俺なんだよ。本職の冒険者に頼めばいいだろうが」
「だってさ、今の僕が頼れるの、猫さんだけなんだよ?ていうか、僕は信頼できる猫さんと旅がしたい。猫さんにこんなこと頼むの、やっぱりダメかな?」
・・・そんな、捨てられそうな子犬みたいな心細そうな目をするなよ。俺と歳たいして変わらないくせに。
「あーもう、わかったよ!俺はなんとかする男だからな。引き受けてやるよ。その代わり、報酬はきっちり払ってもらうぞ」
「やった!ありがとう!」
少年のような笑顔で王子は飛び上がった。
「報酬はね、僕が食べられないものを全部猫さんにあげるよ!」
「い ら ん わ !」

俺たちは、立ち上がってまた歩き出した。
行先もいまだわからないまま。

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