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燃えさし

「今年の依頼はどんな状況だ。報告を」
小柄で目つきの鋭い人物は、傍らの部下を促した。同じく小柄な部下は、よどみない口調で報告を開始した。
「現在我々のエリアに届いている依頼は総計3753件、そのうち3268件は市販品になります」
「店への手配は?」
「本年のデータから予測して、【上】の方で既に確保できているものから2691件を入荷すれば、残りはうちの方で独自に押さえていたもので足りるとの報告を受けています」
「不良在庫が出た場合は」
「その際はオークション班が在庫処分をする手筈を整えております」
目つきの鋭い人物は片眉を引き上げ、
「なかなか手際がいいな。君を中央から引き抜いた甲斐がある」
その褒め言葉に、小柄な部下はかぶりを振った。
「いえ、ここまでは良いのですが、問題が発生しています」
「解読不能案件か」
「はい。解読班の手に負えないものが一件」
「ベテランの解読班を総動員しても解決しないものか…なかなかの難題だ」
目つきの鋭い人物は眼鏡の奥の目を細め、なにやら思案している。眼鏡を外してレンズを拭き、かけ直す間に結論は出ていた。
「…あの方のお力を頼るしかなさそうだ」

暖炉の火は静かに燃え盛っている。
その前に置かれた安楽椅子には、老人が深く沈み込んでいた。
「お久しぶりです」
目つきの鋭い人物が声をかけると、老人は暖炉の炎を見つめたままこたえた。
「引退した老いぼれに何の用だ。この時期に思い出話に花を咲かせているような暇はないはずだぞ」
「やはり、もう現場には戻ってはいただけないのですか」
「時代が変わった。今や依頼は市販品で賄える。アマゾンやらドローン配達やらで充分だ。お前たち後進も優秀だ。今更わしの出る幕もあるまい」
老人の声には寂しさと、疲れがにじんでいた。
「そんなことはありません。今こそあなたのお力をお貸しいただきたいのです」
老人の前にそっと一枚の紙を差し出す。
そこにはクレヨンのたどたどしい筆跡で、何かが紙いっぱいに描かれていた。
「解読不能案件か」
「我々もまだまだ精進が足りません。恥ずかしながらここに何が描かれているかどうしてもわからないのです」
「この老いぼれにはそれができると?一線を退いていったいどれだけ経ったと思っている。しかも今日は何月何日だ」
「12月…24日です…」
「解読だけでなく、ものを用意しなければならないんだ。あまりに時間が短すぎる」
老人はかぶりを振った。
眼鏡の小人はうなだれた。
「申し訳ありません。無理を言ってしまいました。これは我々でなんとかします」
そう言って立ち去ろうとする背中に、老人の声がぶつかる。
「待て」
先ほどまでの疲れたかすれ声とは打って変わった力強い声だった。
「やらないとは言っていないだろう」
「サンタクロース様…!」
振り返った小人と目が合うと、老人は生気にあふれた凄みすら感じる笑顔を見せた。
「久しぶりに手応えのある仕事だ。腕がなる」

サンタクロースは何年ぶりかわからない工房に足を踏み入れた。長年使われていないにも関わらず、手入れは行き届いていた。かれがいつでも使えるように、小人たちが欠かさず整えていたのだ。
木製の机に例の手紙を広げる。まずはこの子が何を望んでいるかをここから読み取らなければならない。赤と青と黒がぐりぐりと塗りたくられた絵の上に、そっと手をかざす。
ボンヤリとイメージが流れ込んでくる。赤と青の格子模様…いやこれはハートマークか。黒は物体の縁どりとして使われている。実際には…白だ。
サンタクロースの脳裏に、一つのイメージが像を結んだ。
白地に赤青のハートマークが散りばめられたバッグ。この子がクリスマスに欲しいもの、世界にひとつしかないオリジナルデザインのバッグだ。
注文がわかれば、あとは取り掛かるだけだ。
工房の中のおびただしい素材の中から選んだのは白いフェイクファーの生地だった。フワフワした感触のイメージまでをも、サンタクロースは着実に捉えていた。赤と青の染料を引き寄せ、ちょうどいい大きさに切り分けた生地の上に、慎重にハートマークを描いていく。その手つきは現役の頃と比べていささかも見劣りしない。繊細かつ大胆、常人には不可能なスピードだった。
染料が乾いたら、次はミシンで生地を縫製していく。これまた鮮やかな手さばきで、一切の迷いなく手を進めていく。
時計を見やる。午後11時過ぎ。
「なんとか間に合いそうだな…」
とつぶやいた瞬間、サンタクロースを違和感が襲った。
大きく描かれているバッグの絵の横に、小さく何か別の物が描いてあるではないか。
「これは何だ?」
黒い輪の上に飾りがついている…指輪か?
いや、少し違う…深く潜ってイメージを探る。
「…そうか、ヘアゴムか!」
バッグとお揃いのハートがついたヘアゴム。この子はなかなかのおしゃれさんのようだ。
大急ぎで製作に取り掛かる。
色を染めたフェイクファーを切り抜き、手縫いで周辺の形を整える。輪ゴムを取り出し、手早く縫い付ける。
追加の作業はあまり時間を要しなかったため、滑り込みでラッピングまで済ませた。
ベルを鳴らす。眼鏡の小人が駆け込んでくる。
「サンタクロース様!」
「ルドルフは出せるか?」
「ルドルフ、ですか?」
意表をつかれた小人が戸惑っていると、サンタクロースは片目をつぶってみせた。
「この難題を出してくれた子の顔を是非とも見ておきたいのでな」
「…はい、今すぐ用意いたします!」
小人の顔は喜びと涙でくしゃくしゃになった。

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