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空の果てをめざしたペンギンと竜のはなし①(ピコピコハンマー物語)

「なんか、においます。かいだことないにおい」
タヌキが鼻をひくつかせて辺りを見回す。
「この周辺に僕らの他には何もいそうにありませんが…」
ロボットにはなにも感知できていない。ただロボットには嗅覚が搭載されていないので、タヌキの感覚を信じることにした。
「そこに誰かいるんでしょう。用があるなら隠れていないで姿を見せてください」
虚空に向かってよびかけると、木の上から大きな鳥のような生き物が落ちてきた。鳥らしき姿なのに舞い降りずに落ちてきた理由がロボットにはすぐわかった。その鳥の羽根は小さく、足には水かきがあったのだ。

「ハア、ハア…きみ、機械だよね…もっとよく見せてくれる…」
鼻息荒くじっとりとロボットを眺めまわすペンギンの不審者ムーブに、タヌキは全身の毛を立ててブルっと震えた。
「あれです。せいりてきにむり、ってやつです」
「あ、はは…ごめんよ、本物の機械を見るのは初めてだから興奮してつい」
弁明するペンギンに向かって威嚇を始めるタヌキをなだめながら、ロボットは尋ねる。
「機械などこの世界にはもはや存在しないというのに、何故あなたは機械という概念を知っているのです?」
「いろいろね、調べたんだ…空を飛ぶ方法を。魔法は体質に合わなくて使えなかった。そして遺跡の痕跡を探って見つけたのが、機械というわけ」
ロボットは腕を組んだ。
「なるほど、旧世界が滅ぶ原因となった機械を使ってでも、空を飛びたいと」
「どうしても飛ばなくちゃいけないんだ」
ペンギンは遠い目で空をあおいだ。
「飛べないと、相棒を追いかけられないから」

―幼いころから、空への憧れが強かった。
だからドラゴン騎士団へと入団したのも、自然な流れだった。
そこで相棒と出会ったんだ。
竜騎士と竜は、生涯を通して決まった相手としか組まない。どちらかが死ねば、一方も地面に叩きつけられて死ぬからね。代わりはいらない。
相棒は僕にわかる言語は話さなかったが、何を考えて、伝えようとしているのかは僕にはちゃんとわかった。錯覚なんかじゃない。わかるものはわかるんだ。
僕は相棒によく本で読んだ話を聞かせた。この世界の全ては、大地に縛られていること。大地が全てを引き留めて逃がさないようにしているから、僕らはこうして立っていられること。けれど、その力から逃れて空のずっと上、その果てに行くともっと広い空間があって、僕らの世界の他にもたくさんの世界があること。
「空の果てだってさ。相棒、お前はどうしたい?」
僕は自分の身体の半分ほどある相棒の瞳を見つめた。相棒は興味を持ってくれた。それから僕らは、暇さえあれば空の果てを目指して飛んだ。高く高く、遠く遠く。空気が薄くなり意識が遠のいて、途中で力尽きて、断念する。下手すればそのまま気を失って地面に落ちる恐れのある危険な遊びだった。けれど空の天辺に触れようとするその一瞬に、僕らは昂揚した。

しかし、戦況が悪化するにつれて、そんな遊びはできなくなった。僕らは常に戦場の空を飛ぶようになっていった。
大抵の竜騎士は槍や投擲できる武器を使っていたんだけど、僕は弓が得意でね。相棒の背から遠くの敵を射抜くヤブサメという技を使うので重宝された。そして、それゆえに敵方から警戒され、撃ち落された。
騎士と竜はどちらかが死ねば、もう片方も死ぬ。
僕はそうならなかった。奇跡的に一命を取り留めた。取り留めてしまった。混迷する乱戦の中で相棒がどうなったのか情報は掴むことはできなかったが、その生存は絶望的とされた。
僕は竜騎士の半身である相棒を失った。身体にも障害が残り、弓を引くことが出来なくなって、僕は騎士団を去った。所在なく、あちこちを彷徨い、喪失を埋めるように書物を読み漁った。知識だけが空っぽの心に積もっていった。そんなある日、驚くべき噂を耳にした。
片翼の竜が空を飛んでいる。その竜は天を目指すように飛んでは、力尽きて落ちていく。
相棒に違いない。僕は確信した。
空の果てを目指している。僕らが果たせなかった夢を、自分だけで果たそうとしているんだ。

「…というわけで、僕は相棒を迎えに行かないといけない。一緒に空の果てへ行くために。そのためには、まず空を飛ぶ必要があるというわけ」
ペンギンの横でじっと話を聞いていたロボットが、言葉を発した。
「残念ながら機械を復活させることは不可能です。情報があっても、物質の加工技術が失われている。ただ…」
レンズの奥がきらりと光る。
「科学と今ある技術を組み合わせれば、方法はないことはないです」

(つづく)

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