【創作ss】 届かない手紙

 僕が学生の頃、よく深夜にラジオを聞いていた。
 休日気分が抜けない日曜の二十三時。ラジオをつけ学校の教科書を引っ張り出しては机に向かって鉛筆を動かしていた。二十五時頃になると、決まってジオラマ制作の作業に切り替える。そのラジオは時計の長針が一番上に来るとパーソナリティがバトンタッチされる。そしてその時間は、僕の好きなひとが担当している時間だ。いや、好きというよりも、僕の日常に自然に入って来たのだ。

 そして、名前しか知らないその声に心を掴まれ、一時間しか聞けないその声に、僕は甚く焦がれていくようになった。

 毎週日曜、深夜に聞く声。特に注目されていないひとなのだろう。ハガキ職人からの投稿はあまり無いのだと、そのほとんどの時間がフリートーク。『色々な役職を渡り歩いてきた』と話していたとおり、多彩な経験を生かしてするトークは、無意識に手を止めて聞き入るほどの愉快さだった。

 手は作業に集中し、耳はラジオのその声に集中し、週明けが嬉しいものとなるには十分で、僕には大切な時間だ。

今週もありがとうございました
このラジオのパーソナリティとして3年間、
とても楽しい時間を過ごさせていただきました
聞いてくださったみなさんにとっても楽しい時間であったなら、
こんなに嬉しい事はありません
それでは、また今度、ここでお会いしましょう

 僕の日常にある、あのひとの声がラジオから流れた。
 決めごとのような締めの挨拶はあるが、最後の言葉みたいな締め方をしていたな…と、気持ちのよい眠気を抱えながら当時はそう思った。
 やがてコマーシャルの音楽が流れる。卓上電気とラジオを消し、まだ冷たい布団を温めるように眠りについた。

 そしてその後、僕はあのひとの声を聞くことはできていない。

『ラジオの最終回の告知はトップバッターのパーソナリティが担っていたんだ。掻い摘んでいるリスナーにとっては突然終わってしまったように見えるだろうな。なんでも上の人間が特別な終わりというのをしたくなかったそうだ。』

 翌週のラジオがいつものように始まらず、後日リスナー仲間に聞いたとき、そう聞かされた。

 それからもう8回もカレンダーを破いていて、外は雨の季節。そんなことに時間の流れは早いのだと思い知らされる。
 勇気が出ずに送ることが出来なかったハガキを、僕は月に一度、そのラジオ宛てに送るようになっている。ありきたりな未練を隠した、何気のない内容を手短に書く。
 毎度ハガキの最後に決まって、書き出す言葉がある。



雨で前髪がペタつく季節になりました。足元は濡れてしまうけれど、差した傘に打つ雨音が、ビミョウな気分を良くしてくれます。
貴女様は、どうお過ごしでしょうか。




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