【創作ss】 ひかりに憧れた蛾のお話

夜になると、人間が蛾と呼ぶそれは光に集まる。

蛾は、美しい蝶と違って嫌われる運命を辿ってきた。
ミテクレだけで判断したがる人間の目によって。


向けられるその目から逃れるように、人間が寝静まった頃ようやく、蛾は羽を忙しなく動かして飛びたつ。他者をやさしく照らす、憧れの光に近づくために、その存在の近くで足掻くように飛びまわる。
しかし光は熱を帯びる。
触れるまで近づくにはどうしても熱くて、傍まで行くことはいつも叶わない。

ふと、いつもは目すら向けないほどの、くらいくらい夜空を見ると、蛾は生きてきた中で一番強かなやさしいヒカリを見た。

思わずつばを飲んだ。どうして今までその存在に気づかず過ごしていたんだろう。


太陽の光を借りて、それ以上に他者の目を惹きつけているものがいると、昔にそう母から聞いたことがあった。
その頃はどうも、他人の力を己の力だと言わんばかりに利用しているそのような存在に、苛立ちすら抱いていた。

けれどその存在を目のあたりにしてみると、そんなことはどうでもいいほどに目を奪われた。

そんなことを思ったことなど忘れさせるくらいには、その存在は蛾を魅了した。


蛾は、これまでずっと憧れていたこの光にそっぽを向く。
同時に、今しがた魅せられたそのヒカリに近づこうと、大きく羽を動かし始める。








どれほどの時間が経っただろう。

どれだけ飛びすすめても、一向にそれが近づく気配など感じられない…。そう蛾が思い始めた頃、東の低い山から太陽があたまを出し始めた。それを見た蛾はあわてて塔の影に隠れる。
蛾は熱が苦手だ。熱から逃れるために、昼間はくらいところでじっと太陽が帰っていくのを待つ。

しかし今日はとてもいい日になった。
あのヒカリは、昼でもまだ何処かで照らしてくれているだろうか。

先ほどまで目指していたヒカリが恋しくなった蛾は、すでに明るくなった空をそっと見わたす。

しかしそこにあるのは、夜空に見た輝かしい憧れとは程遠い、灰になったそれだった。 




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