賞与の待遇差は、正社員人材確保目的に加えて、人件費削減機能と労働意欲向上目的が重要(同一労働同一賃金)


大阪医科薬科大学事件最高裁判決は、賞与について正社員人材確保論を採用した

 大阪医科薬科大学事件最高裁判決(最判令和2年10月13日)は、非正規に対して賞与を支給しないことは不合理ではないと判断した。同判決では、賞与の性質について、労務対価の後払い、一律の功労報償、将来の労働意欲向上を持つと認定した上で、賞与の目的について、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的と認定している。いわゆる正社員人材確保論を採用したものである。
 なお、正社員人材確保論は有為人材確保論と異なることについては、下記記事を参照。
 https://note.com/employmentlawyer/n/n26866d994afb

退職金に関する正社員人材確保論は説得力がある

 退職金に関する正社員人材確保論は、説得力がある。一般的な退職金制度は、①ある程度の期間在籍することによって支給額が急激に上昇する、②自己都合退職の場合は係数が下がる仕組みとすることによって、定年まで勤続することへのインセンティブを与えている。
 正社員は、配転により様々な職務を担当しながら、幹部になることを期待して採用しているから、早期に退職されてしまうと採用や教育コストが回収できない。他方で、非正規は、短期間で戦力になることを想定して、職務を特定して採用しているから、正社員のように必ずしも長期雇用を前提としていない(もちろん結果として長期雇用になることはあり得る。)。
 したがって、正社員の退職を思いとどまらせるために退職金制度を設け、他方で非正規には退職金制度を設けず、全て給与で支給することによって採用力を高めることは合理性がある。正社員人材確保論のとおりである。
 なお、退職金の額によって退職を思いとどまる人材はいるが、退職金制度があることによって入社する人材は少ないと考えられるため、正確には、正社員人材の確保ではなく定着に主眼があると考えるべきであろう。
 

賞与に関する正社員人材確保論は説得力があるか?

 まず、賞与制度があることによって入社を考える人材がいるであろうか?
 外資系金融機関は、業績や評価がよければ多額の賞与が支払われる制度になっているから、賞与を目的に入社する人材もいる。しかし、日系企業は、リーマンショックやコロナショック時のように大幅な業績悪化にでもならなければ、業績と評価によって多少増減する程度で、年間数か月分程度が安定して支給される制度となっているから、賞与を目的に入社する人材はいないと思われる。会社は人件費を給与と賞与に振り分けて支払うのであるから、賞与が支給されるかしないかではなく、賞与として支給されるか給与として支給されるかの問題である。アップサイドは限定的にもかかわらず、支払が約束されていない賞与よりも、給与として確実に支払われる方を希望する方が経済合理性があるのではないか。
 次に、賞与制度があることによって退社を思いとどまる人材がいるであろうか?
 賞与には支給日在籍要件が定められていることが通常であるから、支給日まで在籍しておこうというインセンティブが働くことは間違いない。しかし、賞与が年2回だとするとせいぜい数か月の引き留めにしかならず、むしろ既に退職を決めているにもかかわらず、賞与を受け取るために支給日まで在籍を続けようというものであって、仕事に身は入らないであろうから会社にとってマイナス面も小さくない。
 以上のとおり、正社員の定着に大きな意味を持つ退職金とは異なり、賞与は正社員の確保にも定着にも大きな意味を持つまでは言い難い。
 賞与支給の目的は、①正社員の確保や定着を図る目的に限られず、②人件費削減機能と③労働意欲向上目的も重要と考えられる。個人的には、①よりも②③が賞与支給の実態に合致している。

賞与の人権費削減機能も重要である

 日本の労働法では、業績が悪化して職務がなくなったとしても、解雇回避努力を尽くさなければならない。そして倒産が迫っているような場合を除いて、解雇回避努力を尽くしたと認められるケースは少ない。正社員の雇用を解消することによる人件費削減は困難である。そこで使われているのが賞与である。賞与は契約上支払義務を負わないから、業績悪化時に賞与を削減することによって人件費を削減することが可能である。正社員の人件費削減機能は、賞与、残業、希望退職者募集の3つであるが、特に賞与は大きな割合を占めているから削減幅も大きい上に、労働時間が減少する残業や加算金などが発生する希望退職者募集と比較して、労働意欲等以外の大きなマイナス面がないことから、重要な意味を持つ。
 他方、非正規労働者は通常有期労働契約を締結しているから、期間満了により雇用契約は終了する。更新への期待が生じていない限り雇止めによって人件費を削減することができるから、人件費削減機能として賞与を支給する必要性が小さい。前述のとおり、支払いが不確実な賞与よりも、確実に支払いを受けることができる給与の方が採用時の競争力はある。特に現在の給与を重視する傾向にある非正規の場合は顕著である。給与と賞与は割り振りの問題に過ぎないから、人件費削減機能を持たせる必要がなく、他方で採用時の競争力をつけたいという観点からすると、賞与ではなく給与で支給する方が合理的である。裁判所は給与に賞与を織り込んでいるという主張を認めていないように思われるが、非正規は賞与ではなく給与に振り分けていることは人事戦略上当然のことであるから、正面から認めるべきである。
 最高裁は、正社員人材確保論によって賞与の待遇差を認めた。賞与の人件費削減機能を否定したものではなく、判決文を読む限り、当事者が主張していないだけと思われる。正社員人材確保論と矛盾する主張ではないため、賞与の人件費削減機能も主張すべきである。
 但し、無期パートは、賞与の人件費削減機能だけでは説明が難しい。もっとも、無期パートは解雇権濫用法理の適用があるが、正社員よりも先に無期パートを整理解雇対象として選ぶことは認められるから、正社員の方が賞与の人件費削減機能の重要性が高いとはいえるであろう。
  

賞与の労働意欲向上機能も重要である

 賞与は、会社の業績によって支給の有無及び原資が決まり、人事評価によって配分をすることが一般的である。人事評価による配分はない会社も少なくないが、少なくとも会社の業績によって支給の有無及び原資が決まる。会社の業績にかかわらず支給される場合は、賞与ではなく、給与である
 正社員と非正規は担当する職務ないし役割が異なる。正社員は難易度の高い業務を担当するため、業績に与える影響が大きい。会社の業績を伸ばすためには、正社員の意欲を向上させることが必須となる。賞与は、会社の業績と人事評価によって賞与支給の有無や金額が変動することによって、正社員の意欲を向上させようというものである。
 他方で、非正規は定型的な業務を担当するため、業績に与える影響は限定的である。定型的な業務を確実に遂行することが求められるため、賞与支給の趣旨があてはまらないか、少なくとも必要性が小さい。また有期労働契約を締結していることが多く、評価が悪ければ雇止めをすることが可能である。
 実は、大阪医科薬科大学事件においても、賞与の労働意欲向上目的が認定されているが、最終的には、正社員人材の確保や定着を図る「などの目的」に吸収されてしまっている。同事案では、業績に連動することはなく、年間4.6か月分が一応の基準になっていた、賞与の算定基礎となる基本給が評価によって昇給するという限度で賞与の影響するなどが理由と思われる。
 業績や評価に連動している賞与制度を採用している場合は、正社員人材確保論だけでなく、労働意欲向上目的も積極的に主張すべきであろう。

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