有為人材確保論ではなく、正社員人材確保論(同一労働同一賃金)


 
 2020年10月13日、同一労働同一賃金問題について、最高裁が5つの判決を下した。このうち、大阪医科薬科大学事件(賞与)とメトロコマース事件(退職金)は、「有為な人材の確保及び定着を図るなどの目的」という有為人材確保論を採用したものだという見解が見られる。しかし、最高裁判決の理解として正確ではない上に、特に説明義務を履行する際にマイナスの作用も生じ得る。本稿で訂正しておきたい。

最高裁は「有為人材」という表現を用いていない

 賞与の支給目的について、大阪医科薬科大学事件では「正職員としての人材を職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」、メトロコマース事件では「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」と認定されている。最高裁は「有為な人材」ではなく、「正職員」ないし「正社員」という言葉を用いている。特に、メトロコマース事件では、「有為な人材の確保及び定着を図るなどの目的」と認定した高裁判決を引用した上で「正社員」という表現を用いていることから、あえて使い分けをしているものと考えられる。最高裁判決は、その後の下級審判決の指針となり、立法にも影響を与えることから、理由もなく表現を変更することはない。
 したがって、最高裁は、有為人材確保論ではなく、正社員人材確保論を採用したと理解するのが正確である。

「有為人材確保論」は非正規のモチベーション低下に繋がる

 単なる言葉遣いに過ぎないのであれば大した問題ではないが、有為人材確保論によって説明等をすることはマイナスの作用がある。
 有為人材確保論とは、賞与等は有為人材の確保・定着を図る目的で支給するものであるから、有為人材である正社員に対しては賞与等を支給し、有為人材ではない非正規に対しては賞与等を支給しないことは不合理とはいえないというロジックである。
 それでは有為人材とは何か。辞書的には「能力がある・役に立つ人材」とされている。したがって、有為人材確保論は、「能力があり役に立つ人材である正社員」には賞与等を支給するが、「能力があり役に立つ人材ではない非正規」には賞与等を支給しないということになる。少なくとも、説明を受けた非正規が、このように理解する可能性は否定できない。
 待遇差の是正を求めたところ、能力があり役に立つ人材ではないと言われた非正規はどう受け止めればよいのか。待遇差が是正されないだけならばともかく、能力があり役に立つ人材ではないという説明を受けたことによってモチベーション低下や離職に繋がらないであろうか。少なくともプラスの効果はないであろう。
 有為人材確保論は、人事施策において幅広く用いられている。たとえば、有為人材の採用を目指すことや、有為人材を昇進させることは、全くおかしくない。採用する人材と採用しない人材、昇進する人材と昇進しない人材の間には当然優劣があるからである。しかし、同一労働同一賃金とは、正社員と非正規の比較の問題である。正社員と非正規に優劣はなく、契約が異なるだけである。有為人材確保論があてはまる場面ではない。

「正社員人材確保論」により待遇差を説明すべき

 パート有期雇用法により、正社員と労働者と非正規労働者の待遇差について説明義務が課された。
 近時、どのような説明をしたらよいか、人事部から相談を受けることが増えてきているが、人事部が作成した説明書案には、有為人材確保論が記載されていることが珍しくない。
 前述のとおり、最高裁判決は、正社員人材確保論を採用したものであって、有為人材確保論を採用したものではないから、有為人材という説明は不要である。その上、不要な説明によってモチベーション低下というマイナスの作用を生じさせる。
 最高裁判決に従い、正社員人材確保論によって説明すべきである。
 なお、大阪医科薬科大学の賞与支給基準からは正社員人材確保論が理由となったが、一般的な大企業では人件費削減機能も重要と考えられる。


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