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天動説か、地動説か。それ以前の問題だ

書籍「世界でもっとも美しい10の科学実験」を読んだ。面白かった!

■本の概要
科学史に残る実験の数々から「実験の美しさ」を基準に選定し、10個をピックアップして解説した本。ガリレオ・ガリレイのピサの斜塔での実験や、地球の自転を見える形で観測したフーコーの振り子、原子物理学の父ラザフォードによる原子核の発見など、有名な実験が取り上げられている。鮮やかな実験結果に加え、実験前後で常識がどう覆されたかが時代順に描かれているので、変遷を追うことで、科学史の概観を捉えられるのも面白い。

■感想
パラダイムの転換点を見ることで、改めて「自身のメタ認知」の一助にもなるのが刺激的だった。いま自身が常識だと思っていることが、現代科学の知識をベースにした、ある種の「固定観念」であることに気づかされる。(こうして自分のいる地点を知れるのが、歴史を学ぶ醍醐味のひとつだと思う)

■地球の大きさを測る
一例を紹介したい。この本の第一章に登場する、古代ギリシャの実験は、特に美しさが冴え渡っていた。

エラトステネスは、夏至の日に、棒を立て、影が作る角度を測り、その角度と、二つの街の間の距離と掛けあわせることで、地球の大きさを計算した。

そのときの実験結果では、「地球の円周は、40000kmを少し上回る程度」という答えが出ている。これは現在の測定技術と比べても、誤差が数%しかないという高精度だった。その後、マゼランが実際に船で世界一周を果たしたのは、はるか後、16世紀のことだ。つまり、その約2000年前の時点で、エラトステネスは、地球一周の距離をほぼ言い当てていたことになる。まだ、羅針盤も望遠鏡もない時代に、シンプルな実験と幾何学の知識だけで、母なる惑星の全貌に迫ったのだ。

詳細な解説は本を読んでいただきたいが、その無駄のない実験は、確かに「美しい」と形容するのが相応しいと思う。

■地球は丸い
そもそも「地球は丸い」ということに、古代ギリシャの人々が気づいていたのも、よく考えれば驚きである。我々が立つ大地が湾曲していて、大きな球体だという意見は、あまりに直感に反していて、元来は飲み込みづらいはずだ。現に21世紀のアメリカですら、地球平面説を信じて主張する一派すらいるのだから。

地球が球体であることは、当時、数々の観察結果をもとに類推されていた。月食のときに、月面上に描かれる影が円弧を描くこと。北の街と南の街で見える星が異なること。日の出や日の入りの時刻も街ごとに差があること。遠洋に向かって進む船は、船体の下側から先に水平線へと隠れていき、最後は帆だけが見えること。そういった事実から、地球が丸いことは推測されていた。古代ギリシャ人が直感を覆してでも、観察結果から得た推論を信じられるところに、知性の確かさを感じる。

ちなみにこの時点で、天体の動きについては、まだ天動説が主流派ではあった。地動説が完全に支持されるのは、これより何世紀もあとだ。

■天動説か、地動説か。それ以前の問題だ
さらに言えば、天体運動をそのように論じていること自体が、科学の進歩の賜物なのである。

著者いわく、古代ギリシャの科学的発見のひとつは、


通常の三次元空間内にある一組の天体(地球、太陽、惑星、星)としてこの宇宙を思い描いたことである。現代人には当たり前のように思えるかもしれないが、その当時、これは広く信じられていた考えではなかった。

まわりの世界や夜の空を眺めれば、たえず変わりゆく多様な運動がある。しかし変化するうわべを一枚めくれば、そこには非人格的で永遠不変な秩序、すなわち宇宙の構造が存在し、それは幾何学によって説明できると主張したことは、ギリシャ人が科学になした貢献のひとつなのである。
「世界でもっとも美しい10の科学実験」

確かに「天動説か地動説、どちらを支持するか」という議論がなされるとき、その議論の参加者の間では「いずれにせよ、なんらかの物理法則に宇宙は支配されていて、太陽や地球がそれに従っている」ということは無前提に合意されている。だが、その合意内容自体が、すでに科学的思考の一歩目なのだ。

もともと人類は、原始宗教で、外部世界全てに超自然的な力を見出していた。そこから時が経ったとはいえ、古代ギリシャに住む彼らもまた、死生観や、人間創生の由来を神話に委ね、星空の模様に神の御姿を見出す文化の中にいた。だが、そのなかでも、太陽や地球の運動は、神の意志で変幻自在に変わるようなものではなく、法則性を持って自律して機能していると信じていたことになる。この考えは、21世紀を生きる私たちに通じている。その世界認識は、古代ギリシャから始まったのだ。


■量子力学が導く、新たな神秘
つねづね科学の進歩は、神秘のヴェールをはがす過程に他ならない。神の顕現である「光」のメカニズムを、ニュートンがプリズムを使って分解し、種明かししてしまった日から、光や虹の神秘が失われたように。

ただ、この本は、神秘が消える様子ばかりを描いているわけではない。まるで物語の最後へ、余韻を残すどんでん返しを仕込むかのように、この本は最終章で「電子の量子干渉」について触れている。20世紀の二重スリット実験で得られた、縞模様の干渉パターンは、結果があまりに直感に反していて、新たな謎を生みだした。

私たちに選択の余地はありません。とても奇妙な結論を受け入れるしかないのです。電子はひとつひとつ粒子として検出されるけれども、電子の集まりは全体として波の性質を示し、干渉パターンを作るということです。量子力学は私たちに、電子を検出する瞬間以外は、[従来の]電子の粒子像を棄てなさいと告げているのです。
「世界でもっとも美しい10の科学実験」

ミクロな物質世界には、従来の古典物理とは異なるルールが存在し、そこに新たなミステリーが生まれている。科学の進歩が、極小世界に新たな神秘を見つけ出した。

その後も量子力学は、現在進行形で発展している。また次のパラダイムシフトに出会えるかもしれない。


<参考文献>
ロバート・P・クリース(2006)「世界でもっとも美しい10の科学実験」日経BP

映画「ビハインド・ザ・カーブ -地球平面説-」(2018)

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