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先が見通せない時代に、目に見えるものの向こう側を見る『香道 文学散歩』②

香を聞くことは「影を追う風を打つがごとし」といわれます。香は目に見えず、触れることもできないものですが、自然でかそけく美しいものである、という意味です。では、香道とはどういったものなのでしょうか。(前記事はこちら

1 香道とは

ところで香の匂いを嗅ぐことを「聞く」といいます。なぜか、という問いに対しては諸説ありますが、本居宣長の『玉勝間』によると、古い中国の書物には「聞香」と書いて香の匂いを嗅ぐという意味に使われていたため、そこから「香を聞く」というようになったということです。

もともとは、香席は茶席と同様に何人かが同席して香や趣を楽しむものでした。江戸時代になってから次第に、ただ香を楽しむだけではなく、その香が何かをあてるゲーム性のあるものになりました。それが現在「組香」という名前で残っています。

「組香」にはテーマがあります。それは和歌、漢詩、物語、季節の行事や風習からとられています。人々は「組香」を体験することで古典的なそれらのイメージが広がり、そこに物語が立ち上がります。それは複数人で同席していても、いったん香炉が自分の前に回ってきたときに香と自分だけの一対一の関係になり集中して無心で香を聞く時間になり、没頭するからではないでしょうか。

周囲の和と孤に徹した時間の繰り返し。これは香道のひとつの魅力かもしれません。

2 香りと五感の関係

植物性の香りは鎮静作用があり、抗ストレス作用もあるとされています。精神医学では視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感のうち、視覚と聴覚を遠感覚、触覚、味覚、嗅覚を近感覚といい、近感覚はより原始的だと言われています。嗅覚が脳の中で発生学的に古い部位の脳につかさどられていることがわかっています。嗅覚は人間の脳と密接な関係があるといえて、例えばアルツハイマー病の初期の症状に嗅覚低下が見られること、うつなどの病気などでも嗅覚の低下が見られることが分かったいます。また精神分裂病などでおこる幻覚は聴覚、味覚、臭覚の順に起こりやすいと言われていますが、こういった場合、よい臭いを訴えることはほとんどないそうです。

つまり、ストレスと脳の関係に嗅覚は大きく影響を与えるものです。

北宋の詩人、黄庭堅によって記された漢詩に『香十徳』というものがあります。(日本に広めたのは一休さん(一休宗純)といわれています)

感格鬼神 清浄心身(感は鬼人にいたり 心身を清浄にす)       能除汚穢 能覚睡眠(よく穢れを除き よく睡眠を覚ます)       静中成友 塵裡偸閑(静中は友となり 塵裡に閑を偸む)        多而不厭 寡而為足(多くして厭わず 少なくして足れりと為す)    久蔵不朽 常用無障(久しくたくわえて朽ちず 常に用いて障りなし)

≪訳≫聞香によって、感覚は鬼神のように研ぎ澄まされ 心を清浄にする。心身の穢れを取り除き、寝起きがよくなる。孤独な心を癒し、忙しくともくつろぎを与える。香は多くあっても邪魔にならず、少なくてもいい香りがする。長期保存できるうえ、常用しても害がない。

室町時代ころの詩に近年の医学がそれを証明しつつあります。

匂いは人の感情に対応しています。また、記憶やその人本人が忘れているような蘇るものです。夕方、町を歩いているとどこからかカレーの匂いが漂ってくると、子どものときの出来事が急に思い出されたり、本を読んでいて「夏みかんの香り」と書いてあるとその匂いを実際に嗅いだような気持ちになったりすることは誰でもあると思います。

3 さいごに

香木が渡来してから千年以上たち、香道が始まって数百年を超えています。その間、時には盛衰がありながらも今日まで伝わってきました。人間の社会はその間科学が発展し、便利で暮らしやすくなりましたが、反面その科学によって人間が傷つけられることも多くある世の中になりました。肉体と精神はテクノロジーの進化とは同じスピードで進化をしません。新しいテクノロジーは必ずしもすべての人を幸せにするわけではありません。

香道は古きものごとを温め、新しきを知る、新しい人生の楽しみに目覚め、その幸福を感じることができると思います。







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