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娘からの贈り物

 2021年6月。緊急事態宣言下の中、数年前から海外で暮らしている娘が突如帰国した。成田の近くで3日間隔離生活、そして約2週間の都内でのホテル生活は覚悟の上だった。

 こんな時に無理して帰ってくることはないのにと思ったが、娘はもう決めていた。海外で一緒に暮らしているパートナーとの婚姻手続きを早くしたかったのだ。

 2度のPCR検査をクリアし、都内での軟禁生活を終えた後、東京の大使館で婚姻手続きを済ませ、我が家に帰ってきた。私も妻も職場に事情を伝え、3度目となるPCR検査結果がわかるまで3日間自宅待機した。陽性だったら家族全員が入院になるかもと思いながら、検査結果を待った。幸いにも陰性だった。とりあえず第一関門クリアだ。

 親子3人、コロナ禍での生活が始まった。光触媒でコロナウイルスをやっつけると言われている空気清浄機も買い、感染予防に万全を期した。コロナ旋風が吹き荒れる中での帰国は、海外でワクチン接種が受けられない娘にとっては究極の選択でもあった。

 娘は30代。いつ接種できるかわからない日々が続いた。「ワクチンできるところを見つけた!」娘が叫ぶ。市街地から離れた田舎の診療所に狙いを定め、片っ端から電話した成果だった。そしてなんと8月末には2回の接種を終えることができた。

 2回目の接種が終わって1週間くらいたった朝、娘が足の具合が少しおかしいと言う。日に日に娘の表情が歪む。微熱が続き、歩くのもままならない状況になった。娘の異変に嫌な思いが蘇る。今は完治しているが、娘が4歳の頃、免疫不全の難病を患い入院生活を余儀なくされたことがあったからだ。

 当時入院していた病院に事情を伝え、急遽、診察してもらうことになった。幸いその病院に昔のカルテが残っていたらしく、担当医は血液検査、CT、MRI、骨髄検査など、あらゆる検査を施してくれた。結果はすべて異常なし。難病の再発を恐れていたが、その結果に皆安堵した。担当医は海外での生活を心配して、英語で診断書も書いてくれた。

 快気祝いにパートナーから抱えきれないほど大きな薔薇の花束が届いた。日本人の知人に頼んでネットで注文したらしい。娘はワクチン接種はもう受けられないだろう。パートナーも受けさせないと言っているそうだ。娘は薔薇が枯れないよう毎日嬉しそうに手入れをしていた。なぜ、こんな時期に帰国するのかと思っていたが、結果的に娘の決断は正しかった。こんな副反応がもし海外で起こっていたらと思うとゾッとする。

 10月22日、娘は帰国の途についた。コロナ禍で家族旅行はもちろん外食すら一緒にできなかったが、思いがけず親子3人、タイムスリップしたような貴重な時を過ごすことができた。パートナーとの新たな人生を歩むことになった娘。人生は諸行無常。幸多からんことを願う。

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