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今日の140文字

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平日の1日1回、140文字ぴったりでつぶやきます。 とれてたのことば #今日の140文字 ◆以前のものはこちら◆ https://togetter.com/li/103… もっと読む
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2019年9月の記事一覧

日々のできごとの中に砂粒のような小さなキラキラしたものがちりばめられているのに、一般化して抽象化して教訓化した時点で、なんだか見たことのあるものに変わってしまう。だから見つけたものは砂粒のまま残す練習をしてみよう。できるだけ見たままで、「この角度だとキラキラ見えるよ」を伝えに行く

人間関係での「好き」には強さのほかに距離という尺度がある。離れている時はすごく好きでも、近づきすぎると好きじゃなくなることがある。それは自分の求める距離と違ったってこと。逆に言うと、好きじゃない人も距離を置けば好きになれることがある。相手と自分の求める距離が一致すると完璧なのでは

「よく言われてるけど忘れがち」な教訓めいたことはたくさんある。忘れている人に伝えるのは意味があるし、その人がやったことがないなら背中を押すのもいい。だけど、不特定多数の発信でもう一度「よく言われていること」を流す必要があるのか。最近ふと考えてしまう。なんだか具体の枯渇を感じている

本気で自分を変えようと思ったことが何度かある。慣れていない人に笑顔を向けるとか、人に頼れるようになるとか、人前で泣けるようになるとか。覚悟を決めれば勇気は出るようで、とてもうまくいって自分を変えられた。その経験が、次に自分を変えたいときの燃料になる。本気でやれば変われるという自信

「できるだけうまくやりたい」気持ちはわかるけれど、それより「やる」方がずっとずっと価値が高い。うまくやりたい理由が人目を気にしているせいなら「うまくできなければ誰にも知られず埋もれていく」という自然の摂理を知ればいい。うまくできたものだけが広まるのだから、世の中はうまくできている

不満に思っていることをちゃんと伝えるのはとても骨が折れる。相手を感情的にしてしまうと伝えたいことがねじ曲がり、跳ね返ってきて結局自分も傷つく。自分の本当の願望を伝えればいいというものの、それを見つけるには何度も何度も自分に問いかけなくてはならない。一筋縄ではいかないし、近道もない

諦めが悪いのは本人としては苦しい。諦めたくても諦められないし、まだ叶っていないわけだから。でも、諦めの悪さをいいことだと思えば見え方が変わってくる。諦めないうちはいつか叶うかもしれないし、何度失敗したって終わりにならない。失敗しても希望を捨てないってことが諦めの悪さの正体なのかな

子育ては大変さばかり語られて、よさはあまり語られない。だけど、どれだけ大変でも、語り切れないほどのよさがある。毎日、毎月、毎年変化を楽しめるし、言動から本質を思い出させてくれるし、笑った顔や寝顔は言葉を失うほどに愛おしい。何より、一緒に過ごした分だけ、むしろそれ以上に愛してくれる

当たり前に思っていることを改めて「なぜ」と質問されると、思いもかけない言葉が出てくることがある。これまで誰も言ってこなかった、自分の中から出た言葉。自分と価値観が近そうだけど行動が違う人や、繊細さが近いけど別のものを見ている人に聞いてもらえると、自分の深いところまで掘り進められる

嫉妬が減ると愛せる人が増える。素敵な人を目にしたとき、つい自分と比較してしまうことをやめれば、好きになれる確率が増える。人は感覚的に自分と同等と思っている人に対して嫉妬するらしいので、年齢や性別、容姿といったわかりやすい「似た感じ」は、誰かと相対するときにはできるだけ取っ払いたい

文章にしようと思っていたことをそのままにしておくと、絵にしようと思っていたビジュアルイメージが薄らいでいくように、形から曖昧になり細かいところが見えなくなっていく。思いついたときにある程度書いておかないと、次にきっかけがおとずれるまで取り出せない。取り出すには誰かからの問いが必要

情報が多くて興味の対象が次々と現れ、あれもこれもと思うために何も自分のものにできない。スマホ以前の自分を振り返ると、いったん何かにハマると数か月~1年くらいは書店に行くたび同じ棚に足を運んでしまったものだ。何かにどっぷりつかって楽しむ経験をまたしてみたいが、もう叶わないのだろうか

「何事も目的を持った方がいい」と子どもに言われた。果たして私は、目的を持って子育てしているだろうか。幸せに生きていく力を養ってほしいと思っているけれど、それが具体的に何なのか、知る努力をしただろうか。ぼんやりとではなくきちんと、子どもが大切な力をつけるためのサポートをしていきたい