三題噺「空」「作家」「テープ」
3日後、空から隕石が落ちてきて世界が滅びるそうだ。
落ちてくる隕石が観測されたのは半年も前らしいが、なんでそんなギリギリになって発表するのだろうか。
朝の情報番組で流れていたなんかよくわからない偉い人の記者会見では混乱を避けるためだとかなんとか。
とにもかくにもあと3日後に僕は死ぬらしい。
3日、どうやって過ごせばいいのだろう。
おいしいものを食べる?
会いたい人に会う?
行きたい場所に行く?
どれもしっくりこない。
僕のやりたいこととは一体なんなのだろう。
とりあえずいつも通りバイト先のコンビニに行ったら、バイトリーダーは出勤していなかった。というか、一つ前のシフトの子などもコンビニには誰もおらず、おやつやお弁当、飲み物、雑誌や漫画の棚の商品がごっそりとなくなっていた。
もちろんレジの中のお金も。
3日後に死ぬのにお金を持っていく意味はよくわからない。
真面目に出勤した僕がバカみたいだった。
帰宅することにした。
幹線道路は車が渋滞していた。
みんなどこか行きたい場所に行くのだろう。
イライラした車がクラクションを鳴らす。
そこらじゅうで玉突き事故が起こり、怒号が飛び交い、誰かが泣く声がする。
それを横目に見ながら足早に家に向かう。
僕の住むアパートにようやく辿り着きドアノブに手をかけると鍵が開いていた。
まさか閉め忘れて出かけたのだろうか。
あんな状況のコンビニを目の当たりにしたばかりだったので、泥棒にでも入られていたらどうしようという考えが頭をよぎった。
恐る恐る玄関ドアを開けると、そこには見慣れた顔があった。
「よ。」
クッションを抱えてソファに座っていたのは高校の頃の同級生だったミソラだった。
「人ん家で何してんの。ってかどうやって入ったんだよ。」
「こんなボロアパートにセキュリティなんて存在しないでしょ。ってか侵入経路や方法を知ってどうすんの。今ここにいるという結果が全てだよ。」
確かに。どうせ3日後に世界は滅ぶので今更セキュリティについて考えても意味がない。
とはいえ、
「食べ物や金品でも奪いに来たのか」
「やだなぁ。借りたもの返しに来ただけ。」
ミソラは着ていたでかいパーカーのポケットから一冊の文庫本を取り出した。
それは僕が高校生のとき好きだった作家のもので、シリーズ物の3巻目だった。
新刊が出るたび僕が買っていて、読み終わったらミソラに貸していた。
3巻のタイミングで学校を卒業してしまい、近所に住んでいるから返すのはいつでもいいとか言ってそのうち貸したことすら忘れていた。
「すっかり忘れてた。」
「3巻以降新刊が出てないからね。ずっと借りっぱ。」
その作家は3巻目を出した半年後に死んだ。
「わざわざこんなときに返しにこなくていいのに。」
「まぁ、他にやることないし。3日後死んじゃうんだよ。」
僕は文庫本を受け取ると入りきらない本棚の隙間に押し込んだ。
一巻と二巻は果たしてどこに行ったのだろう。
「なんか飲む?」
「ビール!」
「うちは居酒屋じゃねぇよ。コーヒーでいい?」
「ん。」
キッチンに向かい冷凍庫からコーヒー豆を取り出しミルで挽く。
「うわ、豆から入れるんだ。すごい。」
「まずいコーヒー飲みたくないから。」
確かにまずいコーヒーを飲みたくないというのも理由の一つではあるが、コーヒーを入れる時間というものが好きだ。
ガリガリと豆を挽いている時間、お湯が沸くまでの時間、ドリップをするときの匂い、そういうものを味わう時間はとても贅沢な感じがする。
やかんが湯気を吐き出しながらしゅーしゅーと音を立てているのだけが響く。
ゆっくりとフィルターの真ん中に「の」の字を描くようにお湯を注いでいく。
クッションを抱えながら人の家のソファでゴロゴロしているミソラをキッチンから眺める。
家か。
「喫茶店の人みたいだね。今までインスタントかコンビニで買ったやつしか飲んだことない。」
「喫茶店は、行かないの?」
「行かないなぁ。」
入れたコーヒーをソファへと運ぶ。
「どーぞ。」
「ありがと。わぁ、すごい。いい匂い。」
「砂糖とミルクは?」
「いらない。」
ミソラは僕からカップを受け取り口を付けた。
「あ~おいしい。こんなコーヒー飲んだの初めて。」
「言い過ぎ。」
「いやいやほんとに。喫茶店出せるよ。」
「3日後世界が滅ぶのに?」
「あ、そっかぁ。なんだかなぁ。コーヒーなんて入れてもらわなきゃよかった。こんなおいしいコーヒー飲んじゃったら死ぬのが惜しいや。」
「ってかさ、こんなところにいていいのか?ミソラは会いたい人とかやりたいこととかないわけ?」
「会いたいのは君でやりたいのはこーいうこと。」
次の瞬間僕は頭を引き寄せられてミソラと唇が重なっていた。
コーヒーの味がした。
顔が離れるとミソラは「へへっ。」と笑った。
あまりにびっくりして僕は固まってしまった。
「な、な、なん、なん、なんなんだよいきなり、、、」
「壊れたテープレコーダーみたいになってるよ。」
ミソラはまたコーヒーをひとくち飲むと
「あーやり残したことないようにと思ったのに全然死にたくなくなっちゃった。」
そう言って長いため息をつき、泣きそうな顔でヘラっと笑った。
「・・・・・・じゃ、あと3日で一生分飽きるほどコーヒー飲ます。」
「そんなに飲んだら寝れなくなっちゃうよ。」
「いーじゃん寝なくて。」
「なにそれどーいう意味?」
「こーいう意味。」
そのまま僕らはソファに沈んでいった。
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