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深夜に台所マットを注文した話

だれかと仲良くなるためには、共通の課題をもったり、共通の作業をすると良い。(共通の敵を持つのでもいい)

そんなことを昔、聞いたことがある。

同じ方向を向く、というのは結構だいじなことで、そうすればパートナーシップも組織づくりもある程度うまくいくような気がする。

離婚前、まだ一緒に住んでいた時、元夫とは日常的にケンカをしていた時期があった。子どもたちが寝静まった後は絶好のケンカTIME(そんなんないわ)で、お互い、罵り合って、もうメンタルもボロボロ。

そんな時、視界の隅で、黒い虫が動いた。

「!!!!!」

わたしは、目線で恐怖を演出し、元夫もそれに気づいた。
すぐさま臨戦体制に入る。わたしはただただ虫と距離をとって、安全圏に移動した。元夫は沖縄の人で、昔から大きめのソレと何度も対峙しているので、「内地のゴキブリはちっちゃいな」といつも言っていたし、今回も、スプレーで弱らせたあとにティッシュの箱で叩いて、仕留めていた。

虫の駆除が終わったあと、なんとなくもうケンカする雰囲気ではなくなっていて、しばらく虫の侵入経路について話したり、とれるべき対策について話したりしているうちに、「寝よか」ってことになった。

ギスギスしていたわたしたちの間が、なんとなくゆるんだ瞬間だった。
虫が取り持つ仲、っていうのもあるんやなぁとぼんやり考える。

このように、膠着状態を脱するには、それまでの空気感をぶちこわす、ルールにしばられない(ある意味空気が読めない)存在が有効にはたらいたりする。もしゴキブリが空気を読んでいたら、「あ、ケンカしてはるわ……今は出ていかんほうがええか」ってなってたら、わたしたちはその後も睨み合っていただろう。

離婚が成立した時、いろいろと込み上げる想いはあったのだけど、ひとつ不安があるとしたら、「今後、虫が出てきた時にどうしよう」ということであった。うちの娘たちも、同じように虫が苦手で、もしそれが出てこようものなら一番先に玄関まで逃げると思う。子どもを守るのは親しかいない。つまり、今後は、あいつが出てきたらわたしが戦うしかない。

なんでこんなnoteを書いてるかというとつまり、昨夜リビングにそいつが出たからである。2年ぶり3度目の登場、ぐらい。

家には、数日前にコロナに感染したものの今はすっかり平熱で、毎日暇すぎるとつぶやいている長女とわたしだけ。時刻は22時前。もうあとは寝るだけという平和な時間に突如として緊張が走る。そいつはかなり大きくて、触覚なんてもう、体長ぐらいあるのでは?ていうぐらい長くてピコンピコンしてる。あーー無理。ほんまに無理。

「おかあさん……」
不安そうな長女は、対象を凝視しながら、そろりそろりとリビングを出て、玄関に移動した。わたしは、頼られている。

よく、「子どもを産んだら女って強くなるよね」的なフレーズがあるやん。あれ、つまり夫が頼りないから自分が強くなるしかないからでは?って思ってたりするというか、子を守るために母親はやさしさだけではやってられん状況があるってことやと思うねんけど、ゴキブリに関してはまじで効力ないわこの言葉。子どもを産んでも離婚しても、ゴキブリに弱い女です!どうぞよろしく!!

ものっすごいいややけど、しょうがなく虫撃退スプレーを手に取った。
わーん、でも噴射するのも怖い。だって絶対動くやん。

スプレーを手にして、近づこうとして、「あーこわい。むり」って後ずさる、というのを何度か繰り返したあと、後ろから長女が「いけいけ!がんばれおかあさん!」と応援してくれていたので、意を決して一回目を噴射した!もうしぬ。わたしがしぬ。

「おねがい落ちてこないで……!!」
という祈りはむなしく、何度か噴射したあとに低空飛行(!!!!)を開始したそいつ。
夜であることも忘れて大絶叫するわたし。タワーオブテラーばりに叫んだので、たぶん住吉区ではちょっとした事件に発展しててもおかしくない。
(「夜22時過ぎに女性の悲痛な叫び声が聞こえたのはわかったんですが……【近隣住民の証言】)

虫は一瞬で台所の床に移動する。やばい。見失ったらそれこそ恐怖。

わたしは怖くて、少し離れた廊下からひたすら「こないでこないでやめてやめて」と叫びながらスプレーを噴射していたので、台所(わたしからは死角)に行ったのを見極めるやいなや、急いでリビングに踏み込んだ。
そしてびっくりするぐらい滑って転倒した。

スプレーで床がぬるぬるやった。どんだけ噴射してん。

吉本新喜劇ぐらいきれいに倒れたけど、コケてる場合やない。
がんばってすぐに起き上がって相手を目視で追尾。おった。なんか引き出しの中に入ろうとしてる(気がする)。

そうはさせん!!ととにかくスプレーで攻撃しつづけるわたし。
「もうええって、がんばらんでいいから早く死んで。もうお願いお願い。もうええと思う。あきらめてしまってもいいと思う。ちょ、お願いまじでもうそこで死んで。1秒でも早く死んで」
という文言を3秒ぐらいでしゃべり続けた。生麦生米生卵。

こんなにもだれかの死を願ったことはない。

ゴキブリは、悶絶しているけど、まだ頑張って生きようとしていた。
苦しそうにのたうちまわるので余計にきもい。この瞬間、わたしは完全に無慈悲であり、早く動かなくなれ!!と一心不乱にスプレーを噴射しつづけた。

しばらくして、静寂が訪れた。
科学の勝利。虫は動かなくなった。

ただ、ここからどうすればいいのか。
長女も不安そうにリビングに入ってこようとするので、「待ってそこでお母さんこけたから、めっちゃすべるから気ぃつけて」と念押し。
背後で「もうしんだ?めっちゃこわい・・・」と怯えている。

こいつをゴミ袋に入れなければならない。

どうやって?

だれが???

いや、わたししかおらん。くそ。なんでわたしは今この瞬間子どもじゃないんや。

なんとなく小さいビニール袋を取ったとき、触覚が動いた。
うわーまだ生きてるぅ!!!!!!!!!!!
フェイントえぐいてーーーーー!!!!!!!

足も身体も動かないけど、触覚だけは動く。その状態から待つこと10分。
(めっちゃ待った)(その間ずっと手にビニール袋持ったまま)

はやくシャワーあびて寝たいのに、なかなか死んでくれない。
もう死んでるんか死んだふりかなんかしらんけど、早くこの膠着状態を脱したい。

たとえばビニール袋を近づけて、割り箸でチョイッと移動させて、袋の中に入れる。で、念入りに口を縛る。
頭の中で何度もイメージするけど、無理。だってそもそも箸ごしですら触りたくないし、袋に入ったあとそれを持ちたくない。感触を感じたくない。ティッシュ50枚ぐらいかぶせないと、ふわっとすら持てない。

あ、ひらめいた。

幸か不幸か、そいつが息絶えようとしている場所は、台所マットの上だったので、わたしは決心した。もうマット捨てよう。
ほんでそれごと包んだら、触らんでもいいし、感触も気にならん。天才や。

わたしは丁寧に、端のほうから、一動作ずつ一動作ずつ、マットを巻いていった。ロールケーキみたいにじゃなくて、パタン、パタン、と少しづつ折り曲げた。いよいよ次で、あいつの上にマットがかぶさる……!

ついに、そいつの姿はわたしの視界から消えた。
もうすぐで勝つ!!!!

大きいゴミ袋を用意し、折り畳まれた台所マットをそのまま入れる。
いままでたくさんの汚れを吸着してくれてありがとう。そして最後に、あなたにしかできない大仕事をしてくれてありがとう。あなたの長さがなかったら、きっとわたし、くじけてた。

「やったでー!!おかあさん全部終わらせたでーーー!!」
鬨の声をあげたわたしは、満面の笑みで娘のほうに振り返った。

「そうなんや」
娘はまだテンション低かった。褒めて。もうちょい褒めて。

ぬるぬるになった床を掃除して、卵がないかもチェックして、22時半。長すぎる一日だった。娘ももう疲労困憊だし、部屋の中を移動するたびに「おかあさん、ゴキブリいないかどうか確認して」と不安一色になってしまった。おのれ許すまじ。

「一日に2匹見たことないから、今日はもう大丈夫や」
謎理論を展開すると、娘は信じたみたいだった。
「ほんま?じゃあ今日はもう出てけーへん?」
「うん。あの人たちも、基本は人間に会いたくないらしい」

まだ少し不安そうな娘だけど、1日1ゴキ、というわたしの経験則によって、とりあえず就寝できたようだった。ほっ。

朝になって、わたしはまず部屋の壁と天井を見渡し、どの部屋も安全確認をして、さっさとゴミ袋を出してきた。ほんでTwitterでゴキブリに関連するツイートを検索している。

こんな素敵なものもみつけた。

おかあさんすごい。
やっぱ素敵な人のお母さんって、お母さんからすでに素敵なんやな。

ひとつの出来事から何を学ぶか。
それは無限大である。わたしたちには知能と知性があるのだから、ゴキブリとの邂逅を娘への教育にすることも、ここから哲学的に語ることもできたのかもしれない。

知能も知性もないわたしは、ただこんなふうにワーキャー言いました。という話をnoteに書いただけの母親である。

でも娘が起きたら「おはよう!部屋にはもうおらんかったで」とは言ってあげられるから、よかったと思う。

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