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粗大ごみだったわたしが人間にもどった日を思い出す、ポムの樹オムライス

8年前、わたしは粗大ごみだった。

長女を妊娠していて、つわりがひどかった当時。
仕事に向かう通勤電車では虚ろな目をしていた。路線が、混雑していない四つ橋線だったことがまだ救いか。これが御堂筋線だったらもう死んでたかも。

職場に着き、患者さんの前では気丈にふるまうことができた。妊娠していることは特に告げていなかったし、仕事をしている時のほうがなんとなく明るくいられる気がして、しんどいながらも全然、働けることがありがたかった。

ただ休日は全然だめだった。

目が覚めた瞬間からもう気持ち悪い。世界がどす黒く思えてくる。
食べ物のにおいは鼻につき、炊飯器からの湯気はわたしを殺そうとする。
顔を洗うのも気持ちが悪くて、歯磨きもできない。口に物を入れられない。

夫が「だいじょうぶ?」と聞いてくれる
「むり」と短く返して、わたしは床に転がっていた。

「行ってくるね。食べれるんやったらなんか食べやー」
夫はそう言い残して、家を出る。わたしは何もする気が起きなくて、まどろんだり、唸ったりして、かろうじて携帯(当時はガラケー)に手を伸ばすのだ。

いつのまにか夕方になっても、わたしは動けないでいた。
1月だったから、外は寒くて、そろそろ部屋の電気をつけないと、部屋の中も暗い。だけど動く気になれない。口にしたのは、なんとか食べられるトマトと、セブンイレブンのコーンパン少し。

掃除も、洗濯も、何もできていない。
勉強も、持ち帰った事務の仕事も、何も手をつけられていない。
読まないといけない本と資料の存在が、わたしの罪悪感を加速させた。

夕方、夫から「だいじょうぶー?」のメールがくる。
わたしは「晩ご飯、何か買ってきてください(わたしはいらない)」と送って、涙が出てきた。自分の役に立たなさに。

その頃のわたしは、「休みの日はせめて、旦那様にご飯をつくるかわいい奥さん」を目指していたので、自分って生きてる意味あるんかな、とダークサイドまで堕ちて、ただひたすらにまるまって泣いていた。

夫が帰宅して、暗い部屋の中にびっくりして電気をつけて、朝と同じ位置で転がっているわたしを見て笑った。
「え。きょう、動いた?(笑)」


もうほんまにそんなかんじで、わたしは自分を粗大ごみだと思っていた。
ただ食べて排泄するだけの、価値のない物体。
有益なものは何も生み出せない。


話は現代にもどって、いまわたしは鍼灸師として妊婦さんに向き合っている。妊娠初期の妊婦さんは、やっぱりつわりがあることも多いので、せめて少しでも鍼灸でらくにしてさしあげたい。

とある妊婦さんの問診をしていて、食べられるものを聞いたら
「梨、トマト、すいか、ぶどう」と返ってきた。
ものすごくわかる。とにかく水分多めのものが食べたいですよね……。

妊婦は栄養バランスをしっかり、とか言われるけど
そもそもこのつわりの時期にそんなことを考えるのは無理である。
体が受けつけるものが、絶対的に少ないのだ。

鍼灸は、吐き気をやわらげ、睡眠を深くしてくれる。
眠りが浅いと、夜中も目が覚めてしまって、夜中なのに何か口に入れないと吐いてしまうぐらい気持ち悪くなる人もいる中で、つわりの時期に鍼灸を受けることは、もう、絶対に、良いのだ。

その患者さんも、いつもは頻繁に目が覚めてしまうけれど、鍼灸をした当日はぐっすり眠れるのだといって、とても喜んでくださる。

最近、妊娠11wを超えて、少しだけ「あ、いまわたし、普通や」と思った瞬間が出てきたらしい。

“あ、いまわたし、普通や。”

この感覚、すごくわかる。そもそもつわりでしんどい時は、「普通(=妊娠していなかったときの、気持ち悪くない状態)」がもう思い出せないぐらい、毎日、毎分毎秒、気持ち悪い。

だからこそ、気持ち悪くない瞬間が訪れると、
「元気になりました!」とか「いまならなんでもできそうなぐらい身体が軽い!」とかそんなんじゃなくて、「普通~~!!!!」ってかんじで嬉しくなるのだ。伝わるかな。

当たり前におなかがすいて、
当たり前に「あ、あれ食べたいな」って思って、
当たり前に食べ物を食べる。そして美味しいと味わう。さらに吐かない。

これらは実は全然当たり前じゃないんだ。
普通って素晴らしいんだ、と気づく。


治療がすすむと、彼女は「冷たいお茶漬けを食べられるようになりました」と言った。わたしはとても喜んだ。少しずつでも、食べられるものが増えているのが本当に嬉しい。

そして今日の施術後、彼女からこんなLINEがきた。
(掲載許可ももらえた)

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ポムの樹に行って、オムライスを食べた。
なんてことないエピソードなのだけど、感動してしまった。
彼女は「人間らしい食事」ができたのだ。
一瞬でも「普通」にもどれたのだ。

普通のありがたみ。一瞬でも、半日でも、普通に過ごせることの大切さ。
つわり中だからこそ、強く感じる。

わたしもそうだった。
長引くつわり(たぶん15wを超えてもまだ気持ち悪かった)を終えて、
「あれ、なんだか今日は気持ち悪くないかも、普通かも」と思った日の感覚がよみがえった。

粗大ごみだったわたしが、人間にもどった、記念すべき日だった。

彼女にとってもまた、今日が人間記念日になるのか、
はたまたオムライス記念日になるのか、それはわからない。
(記念日にはならない可能性もあるw)

わたしはこれからも、つわりで苦しむ妊婦さんの力になりたいと思う。

「しんどくて何もできない」って泣いてしまう人がいたら
「あなたは毎日すごいことをしてるんだよ、心臓を二つ動かすってすごいことだよ。お腹の中で赤ちゃん育てて、めっちゃえらいね!」って言ってる。

「自分は役立たずだと思う」って落ち込んでる人がいたら
「自分がしんどくなってでも、赤ちゃんの快適な環境を提供してるってすごくない??超、役にたってますやん・・・!」って言う。

「自分が粗大ごみやと感じる」って人がいたら
「わかるー!わたしもこの時期、粗大ごみでした!はやく人間になりたいねー」って、明るく鍼をする。


つわりに頑張ってる妊婦さん、負けないでください。


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