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矢印はどこへ

自動ドアが開くと、静かに雨が降っていた。

夜勤明けの朝。夜の暗さに慣れたせいで、天気が悪くても外の世界はまぶしい。短く息を吐いて、「やっと出てこれた」と思う。長い長い夜勤だった。社会人一年目の私は緊張しっぱなしで、仮眠時間もろくに眠れず朝を迎えた。

傘は持っていなかったが、小雨だったためそのままバス停に並ぶ。なんかもう、濡れたってどうでもいい気分だ。夜中の長時間勤務で疲れ切った体は重く、眠れていないからか、呼吸は浅い。水滴が肌に触れたところから、体はどんどん冷えていく。

ああ、つらいなあ。仕事はうまくできないし、思っていたよりおもしろくない。失敗してばかり。どうして私は、あの子みたいにうまくできないんだろう。もういやだ、疲れた、早く帰って泥のように眠りたい。

考えたくなくても、嫌な気持ちが頭の中を埋め尽くしていく。

* * *

軽く目を閉じてうつむきながら、じっとバスが来るのを待っていた。

ふと、雨が体に当たっていないことに気づく。止んだのかな。そう思って視線を上げると、霞んだ視界にうっすらと雨の線が見える。

あれ……

見上げると、傘があった。自分のものではない、淡い青色の傘。隣を見ると、自分の傘を少しこちらに寄せて持ち、まっすぐ前を見ているおばあちゃん。たしかに、そのおばあちゃんは私を傘に入れてくれている。

「あの、ありがとうございます。」
驚いて小さな声でそう言うと、
「バス、早く来るといいわね。」
おばあちゃんはにっこりとほほ笑んだ。

5分ほどだっただろうか。おばあちゃんとのあいあい傘。うっかり気を緩めたら泣いてしまいそうだった。恥ずかしい。なんだか、自分のことで頭がいっぱいになっていたのが、恥ずかしい。

* * *

「矢印が自分に向きすぎている」

そう感じることがある。思考の向きが偏ってしまうというか。そういう時は大抵、他の人のことを考える余裕がない、自己中心的で嫌な自分になっている。

社会人一年目は、つい自分に矢印が向きすぎてしまう。悪いことではないし、自分のことを考える時間も必要だろう。でもその矢印は、時に自分を苦しめる。身動きがとれないほどに。

反対に、忙しくて大変な時こそまわりをリラックスさせられる人や、損得考えずに相手のことを想える人は素敵だ。そういう人がいると、まわりの空気もふわっと緩む気がする。

自分ではない誰かに矢印を向けた時、仕事は軽やかに運ぶのだろう。

自分と他人を想うバランスは難しいし、今でもちょうどいいバランスは分からない。でも自分を想うことも他人を想うことも、どっちも疎かにしちゃいけないよね。どこにも矢印を向けない、からっぽの時間も必要だし。わたしは自分に矢印が向きがちだから、もう少しまわりに矢印を向けていかなきゃなあ。

「仕事ができるできないとか、そういうことより、あのおばあちゃんみたいになれたらいいよね」

なんだか仕事と関係なくなってきたけれど、社会人一年目の私にそう言いたい。だって仕事は人生のすべてじゃなく、一部じゃないか。


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兼業ライター。平日は学校の保健室にいます。noteでは心をあたためるエッセイを。お仕事依頼は emiri.4343@gmail.com まで。
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