344.『ヒロインの旅』~イナンナの冥界下り~
今、「ヒロインの旅」を読んでいる。
以前から読みたいと思っていたけれど、スイッチが入ったのは、「新しいハミング」という交歓セッションでご一緒している天海舞蓮さんから、「ギリシア神話のことが学べる」と教えていただいた『神話でアルケミー』というFBグループの講座で、主宰の伊藤智子さんから、安田登さんの「イナンナの冥界下り」(シュメール語で行われる、シュメール神話の人形劇)のプロモーションビデオを観せていただき、ドはまりしているからだ。
舞蓮さんが、智子さんの「神話でアルケミー」で、「デメテス・ペルセポネー・ハデス」が登場するギリシア神話を聴き、アルケミーが起きたとき、私は、大橋和さんの「Woman」というワークショップで、同じ神話を使ったイメージワークでアルケミーが起きていて、そのことがきっかけとなり、ホロスコープとギリシア神話と日本神話のひめ神のマッチングが始まった。
智子さんの「神話でアルケミー」では、ホロスコープとともに、星座や惑星にまつわるギリシア神話を、わかりやすくレクチャーしていただける。
宇宙のエネルギーそのものである、ギリシアの神々の神話を知ることで、星座のエネルギーがイメージでき、何よりも、各国の神話には共通のエピソードがちりばめられていて、日本神話だけを学んでいるときには、気づいていなかったこと(隠されていたこと)が、ギリシアの神々のふるまいを通じて、ぐんぐん起ちあがってきて、12のひめ神が、より豊かに、リアルに、息づいていく。
「ヒロインの旅」は、「ひめの旅」でもある。
(「冥界にくだる」とはどういうことなのか)
地上で手にしていた全てを捨て、闇の中に入っていく。
イザナミは、死をもって冥界にくだり、アマテラスは、絶望の境地で天岩戸にこもる。
オオゲツヒメは死んで生まれ変わり、くしなだひめは櫛に変えられ、すせりひめは嫉妬に苦しむ。
いわながひめは三行半を突き付けられ、このはなさくやひめは産屋に火を放ち、たまよりひめは、海の世界と決別し、陸の世界へ。
(傷ついた心が救われ、女神として飛翔するために、必要なものは何なのか)
一度死んで生まれ変わるための幾つもの通過儀礼が、神話には描かれている。
太陽が、蠍座の位置に入る時期は、「冥界」を出入りする扉が開くのだと思う。
舞蓮さんとの交歓セッションと、「イナンナの冥界下り」のPVと、智子さんのレクチャーによって、ホロスコープに「冥界下り」のシナリオが浮かび上がるのを感じる。
私の場合は、蠍座が「1ハウス」にあり、幼少期と関わりが深いので、傷つき、怒りや、寂しさや、嫉妬や、悲しみを抱えているのは、小さい子ではないかと教えていただく。
そうかもしれないと思う。
小さい子は冥界に留まったままなので、その後の自分が地上で成長し、がんばって目標を達成し、恵まれても、何か足りない、満たされない気持ちが、いつもあるのだと思うと、とても納得する。
ちなみに、蠍座の時期にいるとき(10月23日~11月22日)は、その小さい自分へのアプローチを、真面目に、重く、シリアスに感じていて、逃げたいくらいに感じていたのだけど、射手座の時期に入ったとたん(11月22日~)、びっくりするくらいかろやかになった。
気がつけば、目にとまって購入していた、きれいなマクラメ編みのガーデンクォーツのペンダントや、20代のころでも着たことがないような、ピンクのレインボーカラーのカーディガン。
どう考えても、実年齢にはふさわしくないのに、身につけると嬉しいのは、ちいさい私が欲しかったものなのかもしれないと気づいて、腑に落ちている。
中山真弓さんに京都御苑で写真撮影をしていただいたとき、「好きなことをしていいよ」と言われて、走り回ったり、転げまわったりしたくなったのも、ちいさい私が目覚めはじめていたのかもしれないと思うと、笑える。
(ただ、一緒にいること。共感すること)
わかってもらって、一緒に泣いてもらうだけで、エレキシュガルの怒りは解けたのだ。
というわけで、この1ヶ月、ちいさい私がやりたいことを、可能な限り、きいてみたい。
何が出てくるか、楽しみ。
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築き上げてきた女神としての地位、名誉、財産、権力、美貌、夫、家臣、民…… すべてを捨てて、冥界に下るイナンナ。
「冥界下り」は、顕在意識(地上)と潜在意識(冥界)に象徴されるという。
ほんとうの願いが、冥界にあるなら見つけに行き、傷ついたままでいるなら、すくう。
必要に応じて、強制的に「冥界下り」が起こるそうだ。
病気、失業、失恋、離婚、結婚、転勤、転職……
何もしたくない状況。何もできない状況。これまでのことが、すべてゼロになる状況。
何も持たず、自分ひとりでしか行けない場所に、おりていく儀式。
幾度も「冥界下り」を繰り返し、自分を癒し、ほんとうの願いをみつける。
ふりかえると、人生において、けっこう「冥界下り」をしている自分に気がつく。
そして、母の病気と、認知症を発症した父の介護で、突然、夫や子供たち、結婚してから築いてきた全てを置いて、身一つで実家に泊まり込むことを余儀なくされた夜のことを思い出す。
(なんと今、絶賛、冥界下り中―――)
癒すべきものが、夫や子供たちとの間ではなく、両親と自分の関係における「ちいさい私」であることに、気づいた今から向き合っていく。
まずは、欲しいものを買ってあげて、いっしょに遊ぶ。
「おおきい私」は、「ちいさい私」が寝ている間に『ヒロインの旅』を読む。
浜田えみな
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