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間々田くん

25年前に振られた人がテレビに出て小難しい話をしていた。

顔が何より変わってないし声なんてそのままだった。

いや、顔はさすがに年相応にはなっていたけど、わたしが好きだった頃の間々田くんのままだった。

思わず身振り手振りを使って話す彼の左手を凝視していた。

『独身…かな』

指輪はしていなかった。

わたしは子供が二人いる身で一体何がしたいんだ…

罪悪感もあったけど、久しぶりに好きで好きで仕方なかった彼をテレビ越しに見れて高揚していた。

大人になった彼はテレビで経済の話をしていた。 

あの頃から頭良かったけど、なんだか凄い人になったんだなぁと勝手に距離を感じて寂しくなった。

中1の時に出席番号が近いことで席が隣同士だった。

背も高くて声変わりもしてて、周りの男子にくらべてかなり大人の雰囲気で、何より怖すぎる顔がタイプだった。

タイプだけど顔が怖すぎるのでなかなか話掛けづらい間々田くん。

本人は怒ってないらしいけど。

『具合悪いの??』

怒ってるの?と聞けなくて思わず出た言葉だった。

『悪くないけど』

鼻炎で鼻詰まりの声は顔に似合わず優しい声だった。

わたしは間々田くんに夢中になった。

席が隣同士の間、わたしは間々田くんに毎日話しかけた。

その頃のわたしは髪の毛も癖毛だし、眼鏡だし、歯も矯正中でとにかくコンプレックスの塊だった。

自分を世界一のブスだと思って過ごしていた。

でも間々田くんが好きで好きで気持ちを抑えることができなかった。

間々田くんは怖すぎる顔でそんな世界一ブスなわたしの話を優しい声で聞いてくれていた。

間々田くんは授業中、長い指でシャーペンをくるくると回していた。

それがものすごくかっこ良くて、シャーペンが羨ましくてわたしは自分がシャーペンになる妄想をしていた。

38年生きてきて、後にも先にも自分がシャープペンシルになったのはあの時だけだった。

そんな事を思い出していたらもう幼稚園のお迎えの時間になっていた。

『行くかー』

テレビで話す間々田くんを消すのが惜しくて、付けたまま家をでることにした。


あの日から気が付けばわたしは間々田くんの名前を検索していた。

めちゃくちゃ華々しい経歴でひいた。

畏れ多くてとてもじゃないけど近づけない。

間々田くんはあれから凄く勉強したのがわかった。

彼が出演している動画も家事の合間を見つけて全部見た。

ほとんど専門的な話をしていたけど、その中でも少しだけプライベートな話をしているのを見つけた。

司会者のお休みの日は何をしていますか?の質問に

『ゲームとひたすら酒を飲んでいます』

と答える間々田くん。

なんだ、ちゃんと人間じゃん。

そう答えて笑う顔はあの頃のままだった。

もうダメだった。わたしは25年ぶりに間々田沼にどっぷり浸かってしまっていた。


高校に入ってからわたしはメイクを覚えて、髪の毛をさらさらにして、歯の矯正がとれたことで世界一のブスからなんとか普通になれた気がした。

専門に入ると彼氏もできた。

働くようになってからは年下の彼氏もできたし、同い年の彼と付き合って、4歳年上の彼とも付き合った。

みんなちゃんと好きだったし、色々な経験をさせてもらった。

26歳の時パパに恋をした。

俳優の松山ケンイチに似て背も高くて何よりも優しかった。

そしてわたしを大切に思ってくれることが嬉しかった。

高校に入ってからこの時までのわたしはすっかり間々田くんのことを忘れてしまっていた。

パパとは二年付き合って28歳の時に結婚した。

29歳で娘が産まれて、33歳で息子が産まれた。

育児は大変だけど、子供の可愛さで何とか乗り切っていたし、パパが子煩悩なおかげもあって気がついたらもうあっという間に10年が過ぎていた。

穏やかな毎日で幸せなはずだったのに、突然記憶の蓋に間々田くんは穴をあけた。





間々田くんに夢中で毎日浮かれてたあの頃、間々田くんの一つ一つの仕草をとにかく目で追っていた。

鼻をすする仕草、恥ずかしそうにはにかむ顔、立ってる時長い足を居場所が無さそうに片方に体重をかけていたのをよく憶えている。

テレビに映る間々田くんはあの時と変わっていない。

ある日間々田くんと話しているとき、びっくりするくらい顔を近づけて来たことがあった。優しく見つめられてもう爆発寸前だった。

その時わたしは自分が世界一ブスなことを忘れて間々田くんに告白しようと決めてしまった。

浮かれた世界一のブスは友人の一人に間々田くんのことを話した。

すると次の日大して仲良くないクラスメイトの女子たちが『協力するよ!!』とわたしを囲んできた。

自分の意思とは違う方向に物事が進んで行く恐ろしさを感じた13歳の冬

なぜかわたしは一階の階段の下にいて、ここで待っててとのこと。

女子たちに半ば強引に連れて来られた間々田くんの顔は見たことのない顔をしていた。

わたしが言葉を発する前に間々田くんは全力で走って逃げていった。

世界一ブスな女が告白もできないで振られた。

連れてきた女子たちが『ちょっとー』と間々田くんの後を追っていった。

わたしはもう耐えられなくて、その場で膝を抱えて泣くしかなかった。


その日から間々田くんはわたしを見なくなったし、わたしも見ることができなかった。


25年前にわたしは思い出すことがないように記憶にきつく蓋を閉めた。



そんなあの頃と変わらない間々田くんがテレビに出ているのを見て、わたしは自分の気持ちを抑えきれなくなっていった。

愛する人と結婚して、自分よりも大切な存在がいるのにこんな気持ちになっている。


わたしが好きなドラマのセリフに

『愛してる、愛してるけど好きじゃない』と主人公の夫が言っていた。

今まさにわたしにこの言葉が身体中に浸透していく。

パパのことは愛してるのに

間々田くんに抱かれたい自分がいる。

再会したわけじゃないのに、自分の思いが怖かった。

その日からわたしはパパに抱かれるとき、パパの顔に間々田くんを張り付けるようになってしまった。

目をつむれば今わたしは間々田くんに抱かれているんだと嬉しくなっていた。

思わず名前を呼びそうになるから必死でこらえた。

行為が終わると間々田くんはわたしを優しく抱きしめて額にキスをしてくれる。

目を開けると隣にいたはずの間々田くんはいなくなっていて、

いびきをかいて気持ちよさそうにパパが寝ていた。


ご飯を作るときは間々田くんに食べてもらえると思って作った。

かさかさの手が恥ずかしいから、洗い物をする度にいい香りのするハンドクリームを塗った。

何年かぶりにネイルもした。

優しいピンク色の爪を見て、テンションの上がっている自分がいた。

服もくたびれた主婦みたいに見られたくなくて、少しきれい目な服を買ったりしてみた。

背が低いから間々田くんに似合ういかにも出来そうな雰囲気の女にはなかなかなれそうにない。

でもなんだか最近肌がつやつやになった気がする。鏡に写る今の自分を見ていたら、自分の顔に自信がなかったあの頃の自分を優しく抱きしめてあげたくなった。


月に一度あれば良かったのに、パパは週に何回かわたしを求めるようになっていた。

でもわたしにとってのその時間は、間々田くんとふれ合える大切な時間になっていて、どんなに眠たくても平気だった。

『最近きれいになったね』

間々田くんがわたしを優しく抱え込んでそう言ってくれた。

『なほ、恋をしてるの?』

 

はっとした。

パパの声だった。

思わず『何それ』としか言えなかった。

パパはわたしの気持ちが自分じゃない誰かに向いていることに気がついていた。

パパは浮気を絶対にしないかっこ良すぎる男だ。家族を裏切ることを一番嫌う人なのをわたしが一番よく知っている。

そんなパパがわたしの間々田くんへの気持ちに気が付いていて、わたしを抱いていた。

自分の体が冷たくなっていくのを感じていた。

『なほ、愛してるよ』

パパはそういうとわたしにキスをして、再び優しく触れていた。



あの日からわたしはあの時みたいに間々田くんのことを思い出さないように、気持ちにきつく蓋をする努力をした。

テレビに間々田くんが映ると目をつぶりながらリモコンで消した。

寂しいし辛かったけど、少しずつわたしは現実に戻ろうとしていた。

パパを裏切ることが怖くなっていた。

間々田くんはわたしを忘れてる、記憶からも消えている。わたしが勝手に思い出してただ懐かしくなっただけ。妄想ストーカーババアになる所だった。

そう思えば思うほど、自分が気持ち悪いやつになって、現実(いま)の幸せを大切にしようと思った。 








あれから十数年が経って、上の子は就職して学生時代から付き合っていた彼とすんなり結婚した。花嫁姿を見てパパとうれしくて泣いた。

下の子も無事に大学を卒業して、アメリカで就職することが決まった。あんなに甘えん坊で泣き虫だった子がすっかり大人びて不思議な気持ちだった。

ずっと一緒だった子供が独立して、家にはパパとわたしだけになっていた。


夜、パパはビールを飲んでいた。

『ママもたまには飲めば?』

わたしはお酒があまり得意じゃない。パパもそれを知っていて、今まであまり一緒に飲んだことはほとんどなかった。

『うーん……じゃあ少しだけ』

もう朝早く起こす人もないし、付き合うことにした。

パパはわたしにビールを注ぐと

『なほ、今までありがとう。もう好きにしていいよ』と言った。

衝撃だった。

間々田くんのことはあれから忘れて、パパに愛されて幸せに過ごしていたはずだった。

『なほが好きな人、知ってたんだ。』

パパはわたしのスマホやパソコンの履歴を見て間々田くんのことを知っていた。パパのことだ。きっとわたしと間々田くんが中学の時同級生だったことも知っているとすぐに勘づいた。

『パパ、わたしあれから彼のことは忘れたし、思い出したこともないよ。ずっとパパのことを愛してた。』

思わず認めてしまっていた。でも本当に間々田くんのことは忘れていたのだ。

パパは残りのビールを飲み干すと、話を続けた。

『十何年前かな…仕事で知り合った人とbarに行ったんだよ。普段行かないような、大人の男が行くような。』

パパは優しく話し始めた。

『そうしたらそこでなほが好きな男が飲んでた。』

わたしは冷や汗が止まらなかった。

『ずいぶん行きつけみたいで、いいスーツ着て仕事出来る雰囲気でカッコ良かったよ。』

『で、ずいぶん酔ってたみたいで一緒に来てた友達?に話してたのが聞こえたんだよ。』

普段無口なパパがとても饒舌になっていた。

『もう何年も彼女はいない。いてもいつも寂しい、あなたは仕事が大事だから、って振られるって』

『で、いつも思い出すのは中学の時俺を好きだと思ってくれていたかもしれない子の気持ちに応えられなかったことを。俺は彼女から走って逃げた。好きだったのに。って言ってたよ。俺は女々しい男なんだよ、って。』

今さらだった。もう今さらどうでもいいことだった。

でも間々田くんと両思いだった。

世界一ブスな女の子が報われた瞬間だった。

『間々田くん、まだ独身みたいだよ。なほ、いいの?』

パパは十数年経って、わたしへの仕返しをしたのかもしれない。


『パパ、教えてくれてありがとう。13歳の時のわたしが救われた。』

『わたし17年前たまたまテレビに映る間々田くんにまた恋をした。パパのことは愛してるのに、気持ちが押さえられなくなったのは本当』

パパはわたしの言葉を聞くと、唇を噛みしめて肩を震わせて少しだけ目線を外してわたしを見つめていた。 

『でも、わたしと間々田くんは13歳のあの時からもう会ってない。消化しきれない思いが残っていたからわたしはあの時現実から逃げようとしていた。テレビに映る間々田くんを見て勝手に妄想してた。その間確かにわたしの気持ちは間々田くんに向いていたけど……だけどパパが傷付くのが一番怖かった…』

『本当にごめんなさい…わたしはパパが好きなんだよ』

パパは泣いていた。白髪まじりの50を過ぎた男の人が咽び泣くのを見たのは初めてだった。

『俺はずっと不安だった。なほがいなくなるのが怖かった。ある時急になほが無理矢理あいつを忘れようとしていることに気付いて、俺は心の底からホッとしたんだ。なほはあいつじゃなくて俺を選んでくれたんだって』

『でも大好きな人が本当に好きな人への思いを伝えられないのを見るのも辛かった…』

『パパ……』

結婚して25年経って、こんな話をするなんて考えもしなかった。

パパはずっとわたしだけを見てくれていた。わたしは本物の大馬鹿野郎で、幸せ者だったことに気付けた。

『13歳の頃わたしと間々田くんは両思いだった。パパのおかげで知ることができた。ありがとう。

健太さん、53歳のわたしと健太さんは今両思いじゃないのかな。こんな浮気女もう嫌い?ほんと、呆れるよね……こんな思いをさせてごめんなさい』

わたしは、ずるい。パパの涙を見て一緒に泣いていた。

『俺は出会ったときからずっとなほが好きだった。今も変わらないよ。』


二人でこの歳になって年甲斐もなくわんわん泣いた。

その日はお互いを抱きしめて眠りについた。




次の日二人でゆっくり起きて、コーヒーを飲みながらテレビのワイドショーを見た。

間々田くんが30歳年下のアイドルと授かり婚したと流れていた。

『きもっ』

わたしがそういうと、パパはわたしを見て意地悪そうに笑っていた。








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