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便利と不便 どっちがいいですか?

便利と不便、どっちがいいですか?

便利に決まっているじゃないか!私はずっとそう思ってきました。なぜなら、私は便利な東京という大都市で生まれ育ち、便利な暮らしは、いつも自分のすぐそばにありました。

東京が大好きな私

地方から東京に出て仕事をしている人たちが、時に、自分の故郷に戻って暮らしたい、ということを言ったりします。

「都会は便利で楽しいけれど、やっぱり生まれ育ったところのほうが、海(山)があって、食べ物がおいしい、人が温かい」と。

私はADDressでの生活(多拠点生活)を始め、日本各地で暮らすことで、生まれて初めて、東京っていいところだったんだと気づいたのです。

「田舎は、空気がきれい。のんびりしている。すごくいい!でも、私が生まれ育った東京は、歩けばすぐに買い物ができ、公共サービスも充実していて、学校や仕事先や、病院も選び放題。バスや、電車も時間を気にせずに乗ることができる。芸術に触れる機会もたくさんある。夜中も明るくて、1日で使える時間が長く感じる。だから、私はやっぱり自分の生まれ故郷がいいなって思うんだ。」と。

便利な世界

人類は、長い長い年月をかけて、不便を解消してきました。石器を作り、貨幣を作り、紙に書くことを、印刷することを、電気を、インターネットを発明することによって。

東京と地方の格差はあるものの、日本という国はとても便利な国です。宅配便や、コンビニ。ほかの国には簡単にまねできない(ハードはできてもソフトをコピーすることは難しい。)素晴らしいサービス。様々なデジタル技術の発展により、未来には、もっと便利になることはたくさんあるでしょう。

もっと便利になるってどういうことだろう。私たちが今不便に感じていることって、そんなに多くないのでは。と考えました。

不便を感じない私たち。不便を感じないと、不便の解消ができなくなってしまうんじゃないのかなあ。そんなことを考えていたら・・・

「未来を先回りする思考法」(佐藤航陽著 ディスカバートゥエンティーワン出版)に興味深いことが書いてありました。

「どうして人口800万人の国が、こんなにうまく、継続的にイノベーションを生み出せるのか?」
と聞いてみたことがあります。すると、とてもシンプルな答えがかえってきました。

「Necessity(必要性)」だと。

未来を先回りする思考法 より

危機が日常であるイスラエル。長い迫害の下にあったユダヤ人。こういうこ環境が、人々に対して、問題解決をすることを「必要」にしてきた。イスラエルは、ノーベル賞を受賞する人材を生み出し、イノベーションを生み出している。

そういえば、私が最近とても関心を持っていて、感銘を受けている著作を書いているユヴァル・ノア・ハラリ氏もイスラエル人であり、ユダヤ人。日本ではイノベーションが生まれない、と言われる理由もそこにありそうです。

私は、自分事として、ちょっと考えました。便利さ、快適さを求めすぎることに疑問を持ってみてもいいのかもしれない。と。

私はクリエイティブでありたい

私は、もっとクリエイティブでありたい。なぜなら、本当の私は、本来自分が備えているであろう創造性を十分に活かして生きているとは言えないと思うから。

私は便利な都市で育ち、親は、なんでも先回りして、けがをしないように、大きな失敗をしないように私を育ててくれました。
大人になってからは、会社に守られ、自分の頭で考えることをしてきませんでした。自分では考えていたつもりだったけれど、実は全然考えていなかったことがよくわかったのです。

私は2020年に会社を辞めて、現在は無職です。あれから1年半が過ぎようとしている。1年もあればやりたいことやできることが見つかるだろう、見つけられるだろうと思っていたのに、何も見つからないまま今日に至っています。

仕事をしていないけれど、別に食べることに困ることもないので、そういうぬるい環境が余計に、先のことを決めかねてしまっているのだと思います。

不便さに少しだけ、足を踏み入れてみたけれど、まだ足りないのかもしれない

多拠点生活は、とても楽しいけれど、時に、不便や、満足できないことがある。

私はこの1年半、ずっとそれをウェルカムにしてきました。その理由を深く考えたことはなかったけれど、私は、便利な世界、心地良い暮らしを求める一方で、そういう暮らしを続けることに、ちょっと違和感を感じていたのだと思います。

そして今、私は思うところあって、冬の間、北海道の、ある村で暮らしています。コンビニもスーパーも、高速道路に乗らないとたどりつけない、山の中です。ちょっと思いついて、何か食べたいと思うときに、それが叶わないことがこれほどまでに不自由なんだ・・と体感しました。

病院に行くことも大変なので、けがをしたり、歯が痛くなったりしたら、どうしよう。日々、どきどきしながら暮らしています。

Uber Eatsは来ないけれど、Amazonは毎日来ます。ネットスーパーも、なんでも運んできてくれます。だから、一般的には、そんなに不便ではない。
そして私は、あんまり変わっていない。

不自由な北海道での暮らし。私は不自由だけではなくて、「退屈」を求めてこの地にやってきました。そのことは、また今度、書こうと思います。

いつか、将来ずっと先になって、不自由や退屈がもたらしてくれるものがあったとしたら、そのことも書きたいと思います。

今夜もよい夢を見られますように。


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