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不満足ごっこ

こんばんは。今日もおつかれさまです。
下書きに勝手に表示された文字を追ってみる。

おつかれさまですか?
疲れている、それはもちろん仕事に追われて疲れてはいますけれども
最近疲れるなぁと思うのは日々の仕事ではないのです。

なぜなのか、友人と会うと愚痴を言い合います。
上司が嫌だ、とか、旦那がどうだ、とか、彼氏と別れたい、とかなんとか。
そんでまあ、なんか調子が悪くてちょっと時期的にしんどかったりすると「仕事辞めたいな・・・」とかつい言っちゃったりするんです。
気分で。

まあ、そんなタイミングもあるんですがそれなりに気分も持ち直して、
まあ今の仕事も悪いことばかりでもないしもうちょっと真面目に取り組もうかなと思い直したりもするのですが、久しぶりにこの間愚痴った友人に会った日にはもう「そういえばこの間仕事辞めたいとかいってたのどうなのさ?」とか言われるわけです。
ああ、そういえばそんなことも言ったっけかな・・・

ハッピーなことも日々あるのです。
恋人にこの間作ってもらった晩ごはんが美味しかったんだよ〜なんて他愛もないハッピーな話がないわけではないのです。

しかし、ここには女子の不文律が存在しています。
「恋人のいないものに惚気てはいけない」

幸せな話ならいいじゃない、と思いますか?
思いますかね。
ダメですね。ダメだとおもいます。
自分がひとり荒野にいた頃に、友達というよりは職場の同僚くらいの距離感の相手から無邪気に恋人と惚気話をされた日には、最初の一つ二つは笑って聞いていられるけれど三つ目になる頃には笑顔も張り付き虚空を見つめて「へ〜」と「そうなんだ〜」と。
わあなんて微笑ましいんだろうなぁ。この人が幸せになってくれて嬉しいなぁなんて建前めいた感情が一瞬でも本音として現れるのは長い付き合いの友人の結婚の報告くらいのものです。

どういうわけか、「子供のいないものに子供の話をしてはいけない」という決まりはないらしいので、たいして子供が好きでなくても他人の子供に対してはさも可愛いと思っているような風情で相槌を打たなければならないのが辛いところではありますが話を戻して。

そう、その不文律を厳密に守り。
また、「恋人のいないものに恋人の愚痴を言ってはいけない」
「問われない限り恋愛の話題は出さない」
というのが勝手なルールです。

そんなルールを守りながら同年代の未婚女性と食事をとっているとどういうわけか何かに不満足なふりをしないといけない、という気持ちになるのです。
近況報告とは、何か、何かに不満を感じていてそれをどうにか向上させたい自分の相談事をしなければいけない気持ちにさせられる。
不幸自慢ともまた何かどこか違う。
現状になんか満足してないんだってところを、なんかひとつ。
社会はこうあるべきだ、上司はこうあるべきだ、あいつはなってないなんかそういうことばかりずっと話してきた気がするんです。
自分はここが足りない、ここがなってないもっと良くならなくちゃ。
だから、誰かと会ったら、自分が自分をこのままでいいなんて思ってなんかいないよって
マウンティングなんてしちゃいけないから、自慢話はよろしくないから自分の不満を語らなくちゃって。

どうでしょう。相手にもよるのかなぁ。

でもなんか毎日ご飯が美味しくて幸せだなぁなんて言っている人がいたら、この人は何かの感情の測定器の精度が荒いんじゃなかろうかなんて思ってもしまうので、不満足ごっこは感受性の豊かさのアピールだったんだろうか。だったんだろうかというのはなんか、それにも疲れてきちゃって。

愚痴って言い出すとヒートアップするんですよね。
なんか興に乗ってきて、勢いであれこれ言ってしまったりもするから、そうやって力強く話しているとなんかほんとに今感じてる愚痴なのかよくわからなくなっってしまう。
かといって、口は良くないから楽しかった話をしようよというのも難しい。

うーん何の話をしたかったかわからないくなりかけているけれど、
そう最近気づいたんです。不満足ごっこをしてるなってことに。
不満足ごっこ辞めたいな。
どうやって辞めようかな。