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雨の日に浮かぶ未完の物語ー神様への挑戦ー

 走っていた。
 林の中を、山の中を。ここは、家の近くの山の周辺だった。
「復讐してやる。私は復讐してやる。世の中に、私の全人生を、私の人権、私の全ての権利、私の全人格さえ否定した、この世の中に」
私は、走り続けていた。もう、2時間。キロ数にして10キロ走っていた。
(いつか、復讐してやる。この世の中、どうしようもない この世の中に)


 私は、この頃では健康的な生活を送っていると思う。朝、4時に起床して、ヨガ、瞑想、そして朝食を食べ、家事を始める。そして風呂に入り、少し休んで買い物。昼食を食べて、軽く昼寝をし、編み物をしながら、思考を凝らした。そのあと本を読んだり音楽を聴いたり。思考を凝らすときはいつもそれまでに読んだ本や、自分の経験をまとめて わかりやすく筋道立てて組み立てる。そして、かつての目標。自分の最終的な目標を思い出すのだ。休日はそうだが、私は普段はレジ店員として働いている。
(頑張るよ。いつか必ず、目標を達成するから。私の、そしてみんなの仇は打つから)

 少女がいた。
 大人数が共同で暮らし、その中の10畳ほどの畳の間で、一人高校生のような、淡いピンクの寝巻きを着ながら 椅子に座ってテレビを眺めていた。
「私ね・・・警察にはめられたんだ」

 私は、思い出していた。彼女はもう、この世にはいない。

「私ね、警察にはめられたんだ。私、暴走族の総長(隊長)だったんだ。警察に捕まったんだ。そしたらあいつら、ホースで水をがばがば飲ませて、それから昇圧剤と降圧剤を飲ませたんだ。私、何がなんだかわかんなくなって頭が爆発しちゃったんだ。気がついたら、ここの病院の中の牢屋のような部屋にいたんだ」
悲しそうに語る彼女を今でも忘れられない。
「それからは、もう気違い扱いされている。ここでも、家でも」
テレビを観ながら彼女は続ける。
「父さんが嫌い。いつも、私に気を遣う。お母さんが逃げちゃったから。何でも買ってくれるけど、それが嫌。お婆ちゃんは、大好きだけど、時々とても厳しい」

 彼女は、退院して しばらくすると家出をし、どこかで交通事故に遭って死んだ、と聞いた。

 いつか、復讐してやる・・・。けど、それは大方の人が危惧しているような方法じゃない。いつか、私たちが、「気狂い」と、言われた人たちが、「まとも」になる方法だ。

 この病気には、罠もある。
 医者は、中には製薬会社の営業成績のために病気でない人にまで「病気」のレッテルを貼り、診断を下し、しかも効かない薬を飲ませる医者までいるという。製薬会社の成績のためだ。
 もとより、医者は診察に来た患者には、なんらかの処方をしないといけないのだと、夫は言っていた。そういう決まりなのだと。

 私は、最初原因不明の胃痛、頭痛が半年以上も続き、検査を続けても何も出ないので、やむなく心療内科にかかるつもりで、精神科の戸を叩いた。神経性のものだと思ったのだ。
 そしたら・・・・


 なんで、こんなことになるのだ・・・?


 あれから、数十年の年月が過ぎた。

 私は、病気の研究をし、薬の研究をし、あらゆる療法の話を聞き、自分なりに試行錯誤を経てきた。
(自分の脚で歩くのだ。自分の脚で。他人任せな人間には到達できいない世界がある筈)




「このまま、障害者のままでいいんですか?」


 かつて、病気の当事者の経験を語る、当事者のためでもある会で受けた質問だ。
 野次馬のように来たつもりであろう、中年の少し太った男性から出たものだった。
 担当のケースワーカーが、気を遣ってマイクを切ろうとする。
 (いいんです)
 私は、このまま続ける、と合図をした。


「私は、このまま障害者でいるつもりはありません。いつか克服します。これは、私自身のながい課題であり、神様への挑戦です」






 あれから、更に20年ほど。私の願いが、治るかも知れない方法が・・・








            かしこ


©鈴木江美子.2022.11.15






                                      

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