見出し画像

キューバに行った話をしよう(3)

いざキューバへ

 昨夜一睡もできないまま、お昼前にバタバタと家を出ました。母は口では言わないもののよほど心配のようで、私が駅のバスターミナルへ行くのに付き添い、バスが出るまで見送り、そのまま百貨店へ吸い込まれて行きました。40歳になっても母にとって娘は娘、なんですね。一方父はというと「昼まで自転車借りてええか?」と私に問うて、そのまま出かけて行きました。なんじゃそれ。自転車使うわけがなかろう。おかげで行ってきますって言いそびれました。兄にいたっては、自分が行くわけでもないのになぜか中南米・カリブ海エリアのガイドブックを購入。あれやこれやと口うるさく心配してくれるのは有り難いのですが、この人、いつまで私を子供だと思ってるんでしょうか。お互いええ歳やぞ、おい。なんて思っていると、最近釣りにハマり始めたこの人、磯釣りの危険性について父にこんこんと説教された挙句「飛行機の事故は保険もおりるけど、磯釣りで死んだら死体は捜索せなあかんし、一銭にもならん!一家離散するで。安易に磯釣りなんか言うな!」と一喝されておりました。兄よ、私のことはいいから自分の心配をしてくれ。

 送り出す不安。それは送り出される方も同じで、ひと月たって帰ってきたとき、変わらぬ家族がそこにいてくれますようにと強く願うのでした。

 さて、今回ものっけから珍道中の匂いプンプンです。セルフ発券機で出したチケット、ハバナまでのはずが、トロントまでとな。「あのー、ハバナまでなんですけど、私何か間違ってますかねー?」とチケットを差し出すと、東京→トロント便が1時間半遅延のため、トロント→ハバナへの便に乗り継ぎできないことが確定しており、その対策をしているとのこと。トロントで1日足留め確定。乗り継ぎが不安です、と大騒ぎして沢山の方々からアドバイスもいただきましたのに、ね。良くも悪くもその心配は無用となりました。ハバナ観光の頭になってたので、さて、トロントで何をしたものか。

(2019年3月14日のFacebookより転載)

異国の空港で1人静かにすったもんだする

 羽田で思わぬ助けを得ることができ、トロントに着いたらとりあえずはエアカナダのカウンターに行けばいいことをレクチャーしてもらい、遅れに遅れて日本を発ちました。そしてまたもや大半の時間を寝て過ごしているうちに飛行機はトロントに到着。前日徹夜だったのでよく寝てました。既に乗継のプレッシャーがなかったので、焦ることなく飛行機を降りたところまではよかったのですが、ここからゴールの「エアカナダのカウンター」に辿り着くまでが…。

 「エアカナダのカウンター」に頭が占領されていた私は、イミグレーションを通過する前に空港係員ぽい人を見つけて「飛行機遅れて乗継ぎできなかったんですけど、どこにいけばよいですか?エアカナダが対応してくれると聞いてます」的なことを無茶苦茶な英語で伝えたところ、端末を叩いてなにやら調べてくれたのだが、その意味がいまいち理解できなかったので「で、私はどこへ行けば?」と再度聞くと「むこうに向かって進んでちょうだい。二度とここへ戻ってこないで。私に聞かないでちょうだい」と怒られました。えええっ…怖い。結局よくわからなかったので人が流れる方向へ進むとそこはイミグレーションでした。無表情でガタイのいいお兄さん。もうこの時点でさっきの件も相まってちょっと萎縮するわたし。パスポートを出して…

あ…。

記入した税関申告書を機内に置き忘れてきた。あああ…。恐る恐る機内に忘れたと伝えると、犬でも追い払うかのように手であっちいけのジェスチャー。どうしたらいいかは教えてくれない。「もう1回書けばいい?申告書はどこですか?」と聞いてやっと面倒くさそうに記入カウンターを指差してくれました。どうして最初から「あそこで書いて持ってきて」って言ってくれないのよ。ということで再チャレンジ。2回目は空いていた別の列に並んでみました。今度はガタイのいいお姉さん。パスポートと税関申告書を提出。「チケット出して」。あ、はい。チケットね…チケット…

ない。

どこかで落としたらしい。もうお姉さんの顔が般若にしか見えない。怖い。探せども出てこない。乗ってきたんだから半券なくてもええやんかー、と謎の言い訳をしつつ、「失くしました」と捨て犬のような目で訴えたところ、「じゃあインターネットチケット見せて」と低い声で言われ、eチケット控えを提示してようやくパス。もう深夜時間帯の勤務でお疲れだったのでしょうか、お手間取らせて申し訳ございませんでした。

 イミグレーションの次に待っていたのは荷物のピックアップ。巨大なコンベアが何台もぐるぐる回っていて、はて自分の荷物はどこからいつ出てくるのか。わかりにくい案内板を見てコンベアを特定するも、自分の荷物はまだ出てきていない様子で、他にもまだまだ荷物待ちの人がたくさんいました。私があれだけイミグレーションに手間取ってもたもたしたにもかかわらず。思いの外時間がかかるんですね。15分ほど待つと旧式な赤いスーツケースがぴょこんと出てきてピックアップ。ロストしなくてよかった。

 その後すぐに「エアカナダのカウンター」らしきものを発見するも、そこはロストバゲージと特殊荷物に関するカウンターだったので、別のカウンターを探してスーツケースを引っ張りながらあっちへうろうろこっちへうろうろ。なんでこんなに広いのさ。もーやだよ。どんどん人も減ってきたよ。まいったな。でもね、そんなときにはどこからともなく助けてくれる人が現れるようになってるらしいのです。不思議と必要な時に必要な人が近くにパっと現れるらしいのです。救世主登場。青いベストの係員。いわゆるコンシェルジュ的なスタッフなのかな、笑顔のお兄さんが「お困りですか?お手伝いしましょうか?」と声をかけてくれました。もうこれはゲームクリアですよ。やっと空港ステージから脱出できる。要件を伝えると、お兄さんは「大変でしたね。そこのカウンターに行けばいいですよ」と指差した先にはさっきのカウンター。

そこなん?

案内に荷物のことしか書いてないからわからないよ。かくしてそのカウンターからさらにエアカナダのオフィスへ案内され、後はエアカナダの神対応でした。翌日の航空券を手配してもらい、クラウンプラザホテル1泊とミールチケット3食分が用意されました。カナダは食べ物が高かったので、ミールチケットは本当にありがたかったです。

 今思うと、イミグレーションのスタッフの対応は普通と言えば普通なのかもしれません。彼らはサービス業ではないので。私が最初に怒られた空港スタッフはともかくとして、青いベストのスタッフ、エアカナダのスタッフ、ホテルのスタッフ、みな良い対応をしてくれました。この一場面だけではなんとも言えないのですが、日本人には理解し難い、欧米にありがちな「割り切り」みたいなものを見た気がします。また、飛行機遅延という予期せぬ事態のおかげで国際空港の流れが少し把握できたため、この後伊丹に戻るまでに通過する空港での動きに心の余裕が生まれたことは言うまでもありません。何事もなく済んだから言えることだけれど、アクシデントはより多くのことを学べるチャンスでもあるという説に異論ナシです。

写真はベーリング海上空。海、見えませんね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?