痙攣性発声障害、克服ものがたり②
見出し画像

痙攣性発声障害、克服ものがたり②


こんばんは!
椛島恵美です。

昨日は、発声障害になる前のわたしということで、長文お読みいただいた皆様ありがとうございました✨

今日は、昨日の続き。

【事務所独立→発声障害の発症】

ここについて、振り返り、
当時の感情を掘り下げてみたいと思います。

よかったらお付き合いくださいませ!


よーいどーん!


そんなわけで、
23歳の夏、事務所を独立したわたしは、
なんだかんだ自由を楽しんでいくわけです。

負い目を感じることなく、
自分ですべてを決めて動いていい。

自分で決めたことに、
誰にも何も言われないという自由を
しばらくの間味わっていきました。

とてもいい表情をして
歌っていたと思います。
声にもハリがあったかな。

ただ。
しばらくの間
その自由を味わう手札を使い切り、
ふと立ち止まってみたとき。


ある感情が2つ、生まれます。

ひとつは、

「事務所を辞めたんだから、ちゃんとやっていかなきゃ」という強い思い。


もうひとつは、

それなのに、物事の選び方がわからない



当時、事務所にいた頃の活動としては
基本的にはスケジュールさえ合えば
どんな仕事も、どんな人からのものもお受けする。

それが長距離移動になり睡眠時間が確保できないものであっても
そのチャンスは逃さない。

とにかく事務所で決められたことに忠実に。

路上ライブで右も左もわからないわたしに
指標をくれた事務所ですから、
それはそれは真面目に取り組んだと自負しています。ぽんこつで迷惑かけまくったけれど。

要は、そこに自分の感情というものが
ほぼ無かったに等しいのです。

やりたいとか、やりたくないとか、
好きだとか嫌いだとか、
そういった類の感情を知らずに
そういった活動方針で3年間の間やってきたものですから。


自分の中では、それしか知らないのです。



というわけで、
ちゃんとしなきゃ!!!
でも!!物事の選び方を知らない!!
どうやったらいいんだろう!!!

そんなわたしが
その後どうなっていくかというと、


「事務所から独立したけど、まったく同じことを、今度は一人でやる」

という暴挙。(笑)

アホすぎる(笑)


自信があったわけではないのです。
そして、それをやりたいわけでも、
きっとなかったと思う。

でも、

それしかやり方を知らない


のです。

そんなわたしは、
事務所にいたときのそれと全く変わらず、

事務所時代から縁のある方々とのお仕事で

夜行バスを利用してはツアーに出向き、
さすがにホテルには泊まるようにはなりましたが

スケジュール管理はひどいもの。

広島の翌日に北海道に行ったり

日帰りで尾道に歌いに行ったり

本当にひたすらにがむしゃらに
過ごしていました。

当時、事務所を独立したわたしにも
お仕事をくださっていた皆さん
応援してくださったみなさんを思うと
本当に感謝の念が溢れます。



ただね。

事務所にいたあの頃は、

悩んだら相談できる仲間がいて、

「あーーー大変だーーー!!!!」って言えば

「おー大変だなー、やめてもいいぞー」

なんて
ふざけて言ってくれたりする社長がいた。


でも今は、
どんなに大変であっても、
誰にも言えない。

愚痴なんて吐けない。
でもすごく大変。

一人で抱えていたんです。


色々なことが
思うようにいかない苛立ち。

解決できないことへのイライラ。

そんな風に自分が引き起こした現状に
いつしか毎日自分を責め立てては、


自分をそんな感情にさせる出来事や、
人に対して嫌悪感を抱き始めます。

そうしないと、心が保てなかった。


自分が被害者だって思ってないと
心が保てなかった。

今思えばあの当時は
身の回りに起こるいろんなことに
否定的な感情を抱いていたように思います。


■喉の違和感

そうして、24歳になったばかりのライブで
今まで感じたことのない喉の違和感を覚えるのです。


高音が出づらい
音程が当たらない
声が詰まる


絞り出すようなそれは、
今まで感じたことのない違和感でした。


次のライブも
またその次のライブも

同じ症状が現れます。


単純なわたしは、
その問題を解決するために、
何度も同じ部分を練習します。

でも何度練習しても出ない。
むしろ、どんどん出なくなっていく。
路上ライブをひたすらやり続け、
すり減っていたあの時と同じように。

そんな風に過ごしているうちに
花粉症持ちには辛い春がやってきて

喉の違和感と共に
鼻炎の症状も重なり

わたしの喉も感情も訳がわからず
しっちゃかめっちゃかでした。


■不調の原因


ここからはテンポよくいきますが、

2016年、24歳の春、

耳鼻咽喉科を点々とする中

自分は、
慢性上咽頭炎

(鼻から息を吸ったときに最初に空気の当たる場所が、慢性的な炎症を起こしていて膿んでいる状態)

ということが判明します。

すると

これが原因だったんだ!!!
わーー!治そう!治さなきゃ!と


早速、ワンマンライブを含む多くのライブを初めてキャンセルし、

1ヶ月半の間、上咽頭炎の治療に専念することになります。

根気強く痛すぎる治療を続けて、
症状は軽くなっていったんです。

なのに

なんとびっくり

声の不調が治らないのです。


なーんーでー!!!!!


(その当時の歌声は、
YouTubeに載せていますので
興味のある方は
こちらをご覧ください。)


そんなわけで…

当時通っていた耳鼻咽喉科さんに相談し

「慢性上咽頭炎の症状に、音程がずれるとか、声が詰まるとかはないよ」と言われてしまったことがきっかけに(笑)

声専門の病院を探し

2016年7月。

「歌唱時 機能性発声障害」

の診断を受けることになるのです。


…はぁ!!終わった。
発声障害…かぁ。


絶望感。



でも…


絶望感と同時に生まれた感情。

それは、

これで、やっと人に言えるなぁ。よかった。

上咽頭炎が良くなっているのに
じゃぁこの症状はなに!?と
不安な毎日を過ごしていたわたしにとって

「ちゃんと名のある病気だった」

ということを知れた安心感は大きく、

絶望感と安堵感の同居した複雑な気持ちで
帰路に着いたことを覚えています。

そのあとすぐに、
発声障害でした、とブログに発表したのは
言うまでもありません。



ただーーーーし!!!!


ここでまだわたしは!!!
諦めが悪いわたしは!!


この先数ヶ月後決まっているすべてのライブに対して


「インストや朗読で出演しながら、ゆっくり治していきまーーす!!!」とかなんとか言って

更にライブを増やしたりしていたのです!


どんだけアホなのか!!!

ねぇどうしてそんなにアホなの!?


そんなわけで、その2週間後、
まんまと話声がダメになっていき、

今までは歌を歌う時だけだった症状が、
人と話す時にも現れるのです。

(声が出づらい、枯れる、詰まる、至近距離なのに声が届かない、など)


もし、もしですよ。
神様がいるのだとしたら
私はこう怒られたんだと思います

「お前、いい加減にせーや。
これ以上続けたら一生歌えなくなるぞ。それでもいいのか?知らんからな」

と。



とまぁそんな感じで


いい加減に諦めて、
活動休止を決めるわけなのですが。。。

活動休止を発表できたときの
なんとも言えないあのホッとした気持ちも。
今でも忘れられません。


明日は、そんな活動休止期間に変化していった心の在り方について、深く深く掘り下げていきたいと思います✨

ほんとにこんな長文
読んでくれている皆様ありがとうございます😊

それでは、また明日も
よかったらお付き合いくださいね🌱


克服ものがたり③はこちら

椛島恵美















この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
シンガーソングライター、ボイストレーナー。 2016年に発症した、 痙攣性発声障害(2018年に完治)という病気を克服していく過程で、自分の中にいるもう一人の自分にとても興味を持ち、心と身体の健康についてあらゆる実験を今も継続中です。ここでは自分のメモとして様々投稿していきます。