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EMANが堀田量子2.6節を書いてみた

 この記事は、堀田量子の第 2 章の 2.6 節と同じ内容を「私ならこういう感じに書く」という試みです。文体は「EMANらしく」常体にしておきます。この節の内容はここですぐに理解する必要はないだろうと判断して、既に書いた記事「EMANが堀田量子第2章を書いてみた」からは省いてありました。密度行列$${ \hat{\rho} }$$を使った理論形式に集中して早く慣れて欲しかったからです。この節では状態ベクトルが主役となっています。第 12 章になってこの節の内容を踏まえた議論が出てくるので、後からこの記事を追加することになりました。今すぐ読んでも良いですし、第 12 章を読むついでに読むのでも構いません。

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 ではお楽しみください。

この記事の目的

 スピン状態を表す 2 成分の複素行列$${ \ket{\psi} }$$を 2 行 2 列のユニタリ行列$${ \hat{U} }$$を使って変換すると別のスピン状態になる。

$$
\ket{\psi'} \ =\ \hat{U} \, \ket{\psi} \tag{1}
$$

 このとき、どんなユニタリ行列を使って変換したとしても何らかのスピン状態として問題の無い形になっているし、実際のスピンが取り得るどんな状態$${ \ket{\psi} }$$にでも変換してやれるのだということをこれから説明してゆきたい。それはスピンの向きをどんな方向に向けることも可能であるということでもある。そして最終的な目標として、どんな成分を持ったユニタリ行列を使えばどんな方向に向けてやることが出来るのかという対応関係を分かりやすく表現してみたいとまで考えている。それがこの記事全体の目的である。

スピン状態ベクトルを直観的な形で表現する

 $${ \vec{n} }$$方向にスピンを測定したときに確実に上向きが出る状態を$${ \ket{\psi_{+}} }$$と表記しよう。その成分をどのように表したら良いかはまだ分からないが、とりあえずは次のような形に書いておけばあらゆる状態を表現できているだろう。

$$
\ket{\psi_{+}} \ =\ \left(\,
\begin{array}{c}
a + b i \\[8pt]
c + d i
\end{array}
\,\right) \tag{2}
$$

 スピンベクトルの大きさは 1 でなければならないから、この$${ a, b, c, d }$$の値の動く範囲には制限が課せられる。ベクトルの大きさを求めるには自身との内積を計算すれば良いが、複素ベクトルの場合には一方の複素共役を取ってから内積をする必要があるのだった。その結果として次のような条件が求められる。

$$
a^2 + b^2 + c^2 + d^2 = 1 \tag{3}
$$

 この式は 4 次元空間内の球面を表しているが、球面と言っても 3 次元の広がりを持っており、その範囲内で色んな組み合わせの値を取る自由度があるのである。どの変数も絶対値 1 以下の値しか取れないことくらいは読み取れるだろう。しかしどういう組み合わせがどんなスピン状態を表すのかまで把握できそうにない。

 この状況は少し奇妙ではなかろうか。スピンの方向を表したいのならば 2 次元の自由度があれば十分であろう。方向を指し示すのは地球の中心から地球表面の場所を指し示すようなものであって、例えば緯度と経度の 2 つの変数があれば十分なはずだからである。スピンの状態には方向以外を表す過剰な自由度がありそうである。

 $${ a, b, c, d }$$という変数の組み合わせが動く範囲は 4 次元的であって人間にはどうにも把握しにくいので、直観的に扱いやすい変数に置き換えて表してやろう。例えば次のような条件が成り立つように新変数$${ \theta }$$を導入してやれば (3) 式は自動的に満たされるようになる。

$$
\begin{aligned}
a^2 + b^2 \ &=\ \cos^2 \left( \textstyle \frac{\theta}{2} \right) \\[5pt]
c^2 + d^2 \ &=\ \sin^2 \left( \textstyle \frac{\theta}{2} \right) \tag{4}
\end{aligned}
$$

 一見したところ恣意的に見えるが (3) 式と等価な制限しかしていなくて、$${ a, b, c, d }$$は (4) 式の条件の中でもまだ自由に決められる。$${ \theta/2 }$$という形にしているのが怪しげに見えるが、これは先見の明というやつである。この時点では$${ \sin^2 }$$と$${ \cos^2 }$$とで値を分け合う調整さえできればいいので、そのために三角関数の変数部分を$${ 0 \sim \pi/2 }$$の範囲で動かせればいいのである。しかし後で$${ \theta }$$を球面座標の偏角のように使いたいので$${ \theta }$$の変域を$${ 0 \leqq \theta \leqq \pi }$$にしておきたい。そのための調整である。

 これで$${ a + bi }$$の絶対値が$${ \cos (\theta/2) }$$で表されることになった。次に必要なのは$${ a }$$と$${ b }$$の間での値の配分である。これは実部$${ a }$$と虚部$${ b }$$の比率を調整するものであるから、$${ e^{i\varepsilon} }$$という複素数を使ってやって、全体に$${ \cos(\theta/2) }$$を掛ければ$${ a + bi }$$の代わりが務まる。新変数$${ \varepsilon }$$を使って比率が調整できるのである。$${ c }$$と$${ d }$$の間での値の配分には新変数$${ \delta }$$を使った$${ e^{i\delta} }$$によって同じことをさせよう。結局は$${ \ket{\psi_{+}} }$$を次のように表しておけば (3) 式の条件を自動的に満たしつつ 3 つの変数だけで全ての状態を表せるのである。

$$
\ket{\psi_{+}} \ =\ \left(\,
\begin{array}{c}
e^{i\varepsilon} \cos \left( \frac{\theta}{2} \right) \\[8pt]
e^{i\delta} \sin \left( \frac{\theta}{2} \right)
\end{array}
\,\right) \tag{5}
$$

 しかしここで、状態ベクトルの持つもう一つの性質を考慮に入れておいた方が良いだろう。それはベクトル全体に位相因子を掛けたものは物理的には同じ状態を表しているというものである。それを分けて表現しておいた方が良いだろう。$${ e^{i\delta} }$$を全体に掛かる因子として取り出して、代わりに新変数$${ \phi = \varepsilon - \delta }$$を導入して次のように表そう。

$$
\ket{\psi_{+}} \ =\ e^{i\delta} \, \left(\,
\begin{array}{c}
e^{i\phi} \, \cos \left( \frac{\theta}{2} \right) \\[8pt]
\sin \left( \frac{\theta}{2} \right)
\end{array}
\,\right) \tag{6}
$$

 本質的にはスピン状態は$${ (\theta, \phi) }$$という 2 変数の組み合わせによって表されるということが分かる。これらの変数がスピンの方向$${ \vec{n} }$$とどういう対応があるのかというところが気になるところである。

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