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堀田量子 第15章の解説

 いよいよ最終章です。この章は、自然界がなぜ量子力学を採用しているのかという話です。しかしその答えはまだ誰にも分かっていません。ここではそれについて考えるためのヒントになりそうな話が紹介されています。色んな話題が含まれているように見えますが、一つの話を幾つかに分けて説明しているだけです。

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章全体を簡単に要約

 まずはこの章の全体をなるべく数式を抜きにしてまとめてみます。話の流れが分かると読みやすくなります。

 量子力学の理論体系を「一般確率論(一般化確率論)」と呼ばれるものの中の一つのバージョンであると考えてみます。自然界は他のバージョンの理論を採用する余地があったでしょうか。第 1 章で出てきたCHSH不等式やチレルソン限界の話では$${ \langle D \rangle }$$という量を使っていましたが、これを確率を使った定義の$${ S }$$という量に変換しておくと一般化確率論の文脈での議論がしやすくなります。そのため、最初に$${ S }$$と$${ \langle D \rangle }$$の関係を説明します。結果として次の式が導かれます。

$$
S \ =\ 2 + \frac{1}{2} \langle D \rangle
$$

 量子力学の代わりに採用されていたかもしれない理論体系について、いきなり詳細を考え始めようとしても無駄に終わる可能性の方が大きいので、とりあえず理論の中身のほとんどをブラックボックスとして扱う考え方が紹介されます。「無信号条件」という必要最小限の仮定を採用した場合には$${ S }$$の値が原理上の最大値である 4 まで取り得ます。この条件を満たすブラックボックスの例として「ポペスク=ローリッヒ箱」と呼ばれるものがあります。さらにもう少し厳しい仮定である「情報因果律」という条件を採用した場合には S の値が$${ 2 + \sqrt{2} }$$以下に抑えられます。これは現行の量子力学と同じ値です。ただし、この仮定から現行の量子力学だけが出てくるという断定はできません。

 とりあえず、次のことが分かります。同じ因果律であっても、条件の強さによって S の上限値の異なる別の理論体系があり得ること。将来、量子力学の理論体系に何らかの修正が必要になった場合、S の上限値が 4 以下の別の理論になる可能性があり得ること。あるいは、S の上限値が今と同じであるが、別の理論に取って代わる可能性もあり得ること。

 手近な問題として解決したいのは、情報因果律は理論体系を唯一に定めることが出来るかという点です。もしそうであれば、量子力学が今あるような形で成り立っていることの理由を情報因果律に帰することができそうです。(訂正:情報因果律だけでは量子力学を導けないことは既に知られているようです)

 たとえそれが解決したとしても、将来において理論を修正する必要が生じるかもしれません。その時のために別の体系の存在についても検討しておく必要があるでしょう。

箇条書きでまとめ

 もう一度箇条書きでまとめてみます。こちらの方が分かりやすいかもしれません。

  • 観測値の相関の強さを S という値で表す。

  • 理論の詳細には目をつぶって「箱」と呼ばれるブラックボックス的な捉え方で分類する。

  • S の上限は原理的に 4 である。

  • 因果律としては「無信号条件」と「情報因果律」という異なる二種類が知られている。

  • 無信号条件を課した場合、それでも S の上限は 4 のままである。

  • 情報因果律を課した場合、S の上限は$${ 2 + \sqrt{2} }$$に抑えられる。
    (訂正:堀田量子の本文中にはこの件についての記載はありません。参考文献に記載があったものを使いました)

  • 情報因果律は現在の量子力学の指導的原理になるかもしれない。
    (訂正:情報因果律だけでは量子力学以外の体系も許されることが既に知られています。たとえば古典論がそうです。量子力学を導くためには別の原理も必要になりそうです)

  • 「情報因果律」は「無信号条件」を含むわけではない。

  • 現在の量子力学は無信号条件と情報因果律のどちらも満たしている。

  • 無信号条件を課した場合の「箱」の具体例としては「ポペスク=ローリッヒ箱」が知られている。S=4である。

 以下では各節ごとに分かりにくい部分をゆっくり考えて行きましょう。

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