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EMANが堀田量子第4章を書いてみた

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 この記事は、堀田量子の第 4 章と同じ内容を「私ならこういう感じに書く」という試みです。これを読めば理論の見通しが良くなって堀田量子の教科書を読みやすくなるかもしれません。なるべく教科書に出てくるのと同じ数式を使うようにしていますが、式番号は教科書とは合わせてありません。また、教科書に載っている全ての話が入っているわけでもありません。少し情報量を下げてあります。文体は「EMANらしく」常体にしておきます。

 ではお楽しみください。

複数の観測対象をまとめて扱う

 第 3 章では$${ N }$$準位系の観測対象に対して観測者が持っている情報が$${ N }$$次の密度行列$${ \hat{\rho} }$$で表せることを理解した。さらに先へ進まなくてはならない。ここまではまだ、ある観測対象を見ては「これは$${ N }$$次元の密度行列で表せるな」だとか別の観測対象を見ては「これは$${ N' }$$次元の密度行列で表せるな」などと別々に考えているような状況である。

 ところがこれらの観測対象をひとまとめにしたものを一つの観測対象として考えたらどうなるだろうか? それぞれから得られる観測結果を組み合わせた状態を考えれば、$${ (N \times N') }$$通りあるのだから、$${ (N \times N') }$$準位系になる。つまり、$${ (N \times N') }$$次の行列を使って表せることになりそうだ。

 このように考えてあらゆる観測対象を次々とひとつの行列に取り込んでいくと、宇宙全体が巨大な行列で表されているように見えてくる。そしてこの考えは逆方向に考えることもできる。巨大な行列のある部分だけに注目すれば、情報が不完全な小さな行列だけが目の前にあるように見えてくる。我々はミクロな観測対象のことを調べているとき、宇宙という巨大な行列のごく一部だけに注目して、つまり他の膨大な行列要素のことをすっかり無視して観測を行っているのかもしれない。

 いや、あとで誤解が起こらないようにもう少し正確に言っておいた方がいいだろう。無視と書いたのは、つまり、行列の他の要素に含まれる情報を平均化することで気にしないようにするということである。自分に必要な行列要素だけを綺麗に切り取って持って来て、残りを使わないで捨ててしまえるというイメージではない。巨大な行列をブロック化、つまり少ない要素になるようにざっくり分割して、それぞれのブロックごとに塗りつぶしてそれぞれを平均化したものを要素とするような、小さな行列として使う感じである。

 この章ではそういう壮大な話をするための理論的な準備を行う。最も単純なところから始めた方が良いだろう。観測対象を二つ用意して、その両方を観測するというシチュエーションから考えていこう。

軽く復習

 話の途中であまり本題と関係のない説明を挿入しなくてもいいように、軽い復習から始めることにしよう。

 $${ N }$$準位系の観測対象があるとき、その情報は$${ N }$$次の密度行列$${ \hat{\rho} }$$で表されているのだった。この対象に対して$${ \hat{\Lambda} }$$で表されるような測定を行うことを考える。$${ \hat{\Lambda} }$$はスペクトル分解によって次のように表される。

$$
\hat{\Lambda} \ =\ \sum_{k=1}^{N} \Lambda(k) \, \ket{\psi_k} \bra{\psi_k} \tag{1}
$$

 $${ \ket{\psi_k} }$$というのが固有ベクトルであり、この観測によって明らかになる$${ N }$$個の状態の中の$${ k }$$番目を表している。そして$${ \Lambda(k) }$$というのが固有値であり、そのときに得られる観測値である。この式の中に現れている$${ \ket{\psi_k} \bra{\psi_k} }$$のことを射影演算子と呼ぶのだが、いちいちこのように書くのが面倒なので$${ \hat{P}(k) }$$という記号で代用しよう。

$$
\hat{P}(k) \ \equiv \ \ket{\psi_k} \bra{\psi_k} \tag{2}
$$

 このとき、$${ k }$$番目の観測値$${ \Lambda(k) }$$が得られる確率、つまり観測対象が状態$${ \ket{\psi_k} }$$になる確率は次の公式で表される。

$$
p(k) \ =\ \mathrm{Tr} \Big[ \hat{\rho} \, \hat{P}(k) \Big] \tag{3}
$$

 以上で復習は終わりである。これだけ知っていれば細かい説明は省略して話を楽に進められるだろう。では本題に移るとしよう。

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 ある場所 A に$${ N_a }$$準位系の観測対象があって、その情報は$${ \hat{\rho}_a }$$で表されているとする。この観測対象を A 系と呼ぶことにしよう。この対象に対して何らかの測定を行うことによっていずれかの状態が確定する確率は次のように表される。

$$
p_a(k_a) \ =\ \mathrm{Tr} \Big[ \hat{\rho}_a \, \hat{P}_a(k_a) \Big] \tag{4}
$$

 そしてそれとは全く別の場所 B に$${ N_b }$$準位系の観測対象があって、その情報は$${ \hat{\rho}_b }$$で表されているとする。この観測対象を B 系と呼ぶことにしよう。この対象に対して A 系とは全く別の種類の何らかの測定を行う。それによっていずれかの状態が確定する確率は次のように表される。

$$
p_b(k_b) \ =\ \mathrm{Tr} \Big[ \hat{\rho}_b \, \hat{P}_b(k_b) \Big] \tag{5}
$$

 分かりやすくするために、これら A 系と B 系とは互いに全く関係ないものだとしておこう。関係は少しも無かったとしても、これらの系を観測者の頭の中でひとつの観測対象としてまとめて扱うようにしてやりたい。例えば、二つの密度行列をひとまとめにした存在を仮に次のような記号で表してみる。

$$
\hat{\rho}_{ab} \ \equiv\ \hat{\rho}_a \otimes \hat{\rho}_b \tag{6}
$$

 そして、二つの射影演算子をひとまとめにした存在を仮に次のような記号で表してみる。

$$
\hat{P}(k_a,k_b) \ \equiv\ \hat{P}_a(k_a) \otimes \hat{P}_b(k_b) \tag{7}
$$

 これらを使っても、確率を求めるための公式が (4) 式や (5) 式と同じ形式で成り立つということにしてやりたい。A 系で$${ \ket{\psi_{k_a}} }$$が確定し、同時に B 系で$${ \ket{\varphi_{k_b}} }$$が確定する確率$${ p(k_a,k_b) }$$を、今 (6) 式や (7) 式で定義したような概念を使って次のような形に書いてやりたいのである。

$$
\begin{aligned}
p(k_a,k_b) \ &=\ \mathrm{Tr} \bigg[ \hat{\rho}_{ab} \, \hat{P}(k_a, k_b) \bigg] \\
&=\ \mathrm{Tr} \bigg[ \big( \hat{\rho}_a \otimes \hat{\rho}_b \big) \Big( \hat{P}_a(k_a) \otimes \hat{P}_b(k_b) \Big) \bigg] \tag{8}
\end{aligned}
$$

 この式の最後の行の意味は次のようなものと同じだと思う。

$$
\mathrm{Tr} \bigg[ \hat{\rho}_a \hat{P}_a(k_a) \ \otimes \ \hat{\rho}_b \hat{P}_b(k_b) \bigg] \tag{9}
$$

 この式は、A 系で起きていることは A 系のみで計算し、B 系で起きていることは B 系のみで計算してから最後にまとめて考えるというアイデアを仮に式で表してみただけである。これが成り立つかどうかということはまだ気にしていない。そしてその最終結果はそれぞれの系で別々に計算した確率の積になるはずなので、次のように表されるべきである。

$$
\mathrm{Tr} \bigg[ \hat{\rho}_a \hat{P}_a(k_a) \bigg] \times \mathrm{Tr} \bigg[ \hat{\rho}_b \hat{P}_b(k_b) \bigg] \tag{10}
$$

 この (8) 式から (9) 式へ、そしてそこから (10) 式へと等式で結べるような計算規則が成り立つ数学があるとありがたい。いや、わざわざそのために新しく作らなくても、そういうものが既にあるらしいのだ。

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