#68 ケヴィン・ウィルソン「地球の中心までトンネルを掘る」〜モラトリアムはどんな味わいかね? の感想
※これはポッドキャスト番組「翻訳文学試食会」の感想です
今回の本
今回のキーワード
モラトリアム「結構なご身分ですなぁ」
大学まではお客さん、社会に出たらお客さんの相手をせなあかん
お金を稼ぐことに対する嫌悪感、その気持はどこから来ているのか?
「奇妙な味わい」、アイディア一発、ユーモア、リリシズム
HSP、傷つけられる心配がない小説に慰められる
どんなおとぎ話も荒々しさにたどり着く、さなぎにくるまったままではいられない、いつかは出ていかなくてはならない
繊細な人ほど他人を傷つけているのでは?
世の中の残酷さを見据えながら自分に何ができるかを考えなくてはならない
人生の厳しさからたまに退行できる「穴」を持っているのも良いかもしれない
胎内回帰の小説
モラトリアムだけ、なのか?
「社会に出ることを恐れている、良いご身分」と番組内ではばっさり言われていたが、でも、まあ主人公たちは恵まれているという意見には同意。
お父さんもこんなこと言ってくれるし、最終的な就職先もお父さんの口利きだったし、そこはちょっともやっとしたかなぁ。地中から掘り出したお金を使って新しいシャベルを買うのもちょっとなぁ。
大東先生は「本当に穴を掘っていただけか?」と言っていたが、この三人はたぶんそうだろう。穴ぐらの壁で影絵あそびをするような三人だ。指を曲げたりのばしたりくねらせたりするだけで「地獄の黙示録の完全版を再現できた」なんて細部の描写にしびれる。
実社会との距離をとるための穴ほり、トンネル
大学を出る前のぼんやりとした不安、これはあると思う。しかし必ずしもそれだけでもないんじゃないかなぁというのが読後の感想。なぜなら私自身が社会に出てお金を稼ぐことも20年以上経っているが、未だに「社会とうまくチューニングできていない」感覚を持ち続けているからだ。
例えば医者や弁護士や宇宙飛行士など、幼少期からその職業に憧れるひとはその目標に向かって逆算して自分の現在地を正確に計測して進路を決め進んでいくのが一般的だろう。そして私はそういう人がとても眩しい。行き先がわかっていて、そのために必要なものが何もかも明確にわかっている。そういう人。地に足がついている、というのだろうか。
この小説の三人のように「地に足がついていない」状態から土のなかに入っていく、というのはなんともいえない。
実際のトンネル工事なんか命がけだけどそういう生々しさとは遠く離れていて、そこが「ぬるい」と言われればそうなんだけども。
他の収録作品で気になったもの
「替え玉」
祖父母派遣サービスという奇妙な(これも干場さんが言っていた「アイディア一発」だろう)職業の女性の話。これ大好きだな。奇妙な中にどうしようもない現実の厳しさとかやるせなさがあって泣いてしまった。表題作よりこっちがおすすめ。主人公がやり手でドライな仕事のできる女性なだけに最後が本当にせつない。
「ツルの舞う家」
これも大好き。四人兄弟が亡くなった母の残した家を相続しようと集まる。ひとり250羽のツルを折り、全部で1000羽のツルをテーブルに並べ大型扇風機で吹き飛ばして最後に残ったツルを掴んだものが相続権を得る、という話。主人公の祖母の発案なんだけど、このおばあちゃんが日本人なので、近所に病人が出ると幼い頃の兄弟たちが千羽鶴を持たされて、相手には「おっかない」と言われるところなど、妙なリアリティがある。不思議な話だけど、これ映像で見てみたいな。
番組内で触れられた作品など
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