2022年8月16日

3日連続のアルバイトをこなして、今日は丸1日何も予定がなかったのでしっかりと家に引きこもった。占いによるとレジャー運が良かったらしいがそんなの知ったことじゃない。朝早くに起きてしっかりと家で休み倒すということがなかなか出来ていなかったので、今とても充足感を憶えている。
何をしていたと聞かれると、甲子園を観てゲームをして昼飯と夜飯を作って手慰みに漫画をパラパラとめくってネットサーフィンをして…など取り留めのないことばかりして時間を費やしていたので日記として書くべきことなど無いわけだが、この何も無い日を気ままに楽しむというのはとても大事なことだと思う。少なくとも1日中ずっと寝て翌日以降に響かせるよりかはずっと良いだろう。おかけで夜10時を前にして大変眠い。頭が回らなくて全く書けない。困ったものだ。

1日部屋で過ごして、やはり僕は1人が好きなのだと改めて思う。失くし物は多いし忘れ事も多いから1人で生きていく能力はとても低いが、人と会わない、会話しないで自分の思うままに羽を伸ばしている間、全くと言って良いほどストレスが無かった。知らない人相手に敬語と真摯な対応を必要とする接客業は常にイライラするし、友人に対してもどこかしら緊張感を持って接している。それに対して1人でいる間は心配事が1つ減っている状態だからストレスを感じずに済んだのだろう。
僕は一人っ子として育った。家の中に話し相手は親しかおらず、1人でいる時間が多かったから、「自分の世界」は普通よりかなり大きい方だと思う。だからこんな内省的な日記を何千字と書き続けることが(質は置いておいて)全く苦にならないし、むしろ楽しいと感じているのだろう。
そんな自分を肯定しつつも、僕は「一人っ子」が嫌で嫌で仕方がない。ネットで「一人っ子 特徴」と検索すると目を覆いたくなるほどの悪口が並んでいる(僕がただ悪口だと感じている)。書かれていることは大体合っているし、良いことは書かれていない。どう読んでも一人っ子は社会性動物であるヒトとして欠落している、人生をやり直した方が良いといった内容だ。端的に言うと、「一人っ子は弱い。」に尽きる。生き物として弱い。人として弱い。男として弱い。陰鬱とした日の当たらないところに生えている菌類のような、救えない哀愁。「弱者男性」という言葉で表される、どこか私の知らないところで死滅してほしい不衛生さ。そういったものへの排外意識が僕自身に向いてくる。
以前友達に一人っ子を辞めたいと言ってみたら、「でもお前には無理だよ、どう見ても一人っ子だもん。」と言われてしまった。自覚はないがどう見ても一人っ子らしい。でも、もっとこう、カラッとスカッとキラッとしたいのだ。陽の光が当たるところで二本足で立ち上がりたいのだ。

ところで、今日は休日を家で満喫した日だったはずだ。なぜこんな暗い方向へ話がズレてしまうのか。こんなだから「一人っ子」なんじゃないのか。全く、嫌になる。嫌になるのは、明日また長時間アルバイトがあるからだ。

もう少し、何もしないでのんびりしていたい。

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