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【短編日記】 「Quiet Mode / トロント中華街(前)」

 デートのランチは中華街のごくありきたりの店に入る。北米最大の規模を誇るトロント中華街の中にあってここは安くてしかもたらふく食べられることでも評判の店。予算をケチって焼きそばを注文したら想像以上に盛りが良いので一皿で二人分のカバーができた。

 カバーどころかすっかり満腹になり。その上味も良かったので最後まで飽きなかった。具も多くて本当に満足だ。中国茶をもらってのんびり食後の時間を過ごしていた。

 そこへ見るからに旅行者らしい中国人の男が隣に座った。彼はメニューをしばらくの間眺めているかと思うと流暢なニューヨーク訛りの英語でオーダーをした。見た目は中国人だったがおそらくはアメリカから来た東洋人と言った方が正しかったであろう。

 やがて彼のテーブルの上にはさっき僕らも注文した焼きそばの大皿と炒飯の大皿も登場した。一人でか、それを一人で食べるのか。確かにそれだけでもたった17ドルの値段だ。いや、この店で17ドルの食事は少なくとも三人以上かある程度高級な料理でないと不自然だ。この男はそれを一人で平らげようとしている。向かいに座っている彼女も隣の男のテーブルに釘付けになっていた。すかさず、

「よほどお腹がすいてるんだね。」 
と声をかけると、彼はニコリとこちらに微笑みかけたかと思うと店員に。
「すみません、ドギーバッグください。」
と言いながら
「この店、盛がいいって聞いたから。」
と照れくさそうに小声でこちらにも答えた。

 旅人には旅人の事情もあるのだろうが、わざと余るほどの料理をオーダーして残りを持ち帰る。しかもこんなに安い店を見つけてするのだから手だれたものだ。そう考えるか、もしくはこれほどまでに盛りがよいとは考えていなかったのかも知れない。

 店を出ると彼女にも思ったことを伝え、こんな旅行術もあるんだと感心した様子を見せると、

「間違えて頼み過ぎちゃっただけでしょ。」
と、ごもっともな返事が返ってきた。

(つづく)

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