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【短編日記】 「Quiet Mode / 電車寝(2)」

 あまりに寂しかったので宿の近くにあった中華屋に入り、ごく普通のラーメンと餃子をビールで腹の中に流し込んだ。疲労のせいで酔いが寂しさを急速に広げていった。財布の中には青春18きっぷと途中で利用した特急券が残っていた。帰りは札幌から飛行機で帰るつもりでいたがとても飛行機で帰る気分にはなれなかった。

 結局有給をさらに付け足して札幌から列車で帰ることにした。帰路は乗り換えたら必ず駅の外に出て、買い物でも食事でもいいので思い出を作る事にした。こうして東京まで帰って来たものの、やはり最初の大きな寂寥感を拭える程の旅はできなかった。それどころかやはり移動中は殆ど寝てばかりで乗り換えの時だけ頑張って歩き回り、食事をしたり土産物を買ったりと不自然な事を繰り返していた。不自然な行動に伴う思い出は希薄なもので、思い出すのにも時間を要する有様だった。ひとつ悟ったことと言ったら「電車寝するなら旅はするな」という事だけだ。

 その年の春になって勤務先が変わり、遠回りをせずとも電車寝ができるようになった。簡単に書けば出向先が遠くなり通勤時間が大幅に伸びただけのことだ。年末年始のあの失敗などもすでに忘れ、時折話のネタとして語れるようにまでなっていた。退勤後はさっさと電車に乗らないと帰りが遅くなるくらい職場が遠くなったと言えば良いのだが、時々残業で遅くなると帰りはかなり遅くなってしまう。電車寝をしても寝過ごす事はしなかったが、これがもし寝過ごしてしまったらたいして遠くまでは行かずともその日のうちに帰ってくる事はできないことも考えられるようになって来た。寝過ごさない事には自信があり、そのため電車寝も楽しめる。朝は始発電車でぐっすり寝て、帰りも電車に乗り込んで2〜3駅のうちに座れるのでぐっすり電車寝をする生活が続いていった。

 そんな生活を続けて数年後、初めて寝過ごしというものを経験した。出勤で降りるはずの駅の二つ先まで行ってしまったのである。何とも言えぬ敗北感と時間を無駄にした自責の念で潰れてしまいそうなほどの気持ち、そう、これは最早恥と同じ感覚だった。

 その日を境に時々寝過ごしをするようになってきた。目が覚めると見慣れぬ風景が見える時の背筋が凍るような焦りは身体にも良くない。時には電車のドアが閉まり、降りるはずの駅を出発する時に目覚める事もあった。1日をすでに無駄にしてしまったような気分に叩き起こされる。
出勤時も退勤時も寝過ごすようになり、その頻度も徐々に増えていった。最初こそこれは恥ずべき事と自責の念に苛まされていたが、やがて慣れてくると何も感じなくなってしまっていた。

(次回に続く)

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