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【短編日記】 「Quiet Mode / トロント中華街(後)」

前編はこちら

 それから三年の月日が経ち、再び中華街の同じ店に同じ彼女とやって来た。お店の盛りも味も何も変わらない。変わったことと言えば彼女が僕の妻になっていた事くらいだ。

「あのさ、以前このお店に来たとき、隣に座っていた男のこと覚えている。」と彼女が訊いてきた。
「ああ、ドギーバッグを頼んだ中国人だろ。」
「あの日のことはあまり覚えてないけど、彼のことだけはハッキリと覚えてるのよね。注文を間違えたとはいえあんな食事の仕方って幸せだなって。旅先で思う存分好きなものを食べてね。」
「旅行者だったのかな、あの男。」
「少なくとも地元の人じゃなかったと思うけどね。でね、あの日はあれだけで幸せな気分になっちゃってね。そんな気持ちを大切にしていこうって感じたのよね。」
「そうか、たまたま隣に居合わせただけの旅行者でね。」
「でもね、そういう気持ちって時々人の人生を変えることもあるかなって思う。あの時幸せな気分をもらっていなければ私たちだってこうして同じ場所で思い出を振り返っていたかなって思うもの。」
「そうかもね、ただの食いしん坊な旅行者が、こうして僕らを幸せにしてくれたのかもね。」
「ね、幸せって案外探すと大変だけど、ちょっとした気づきと何気ない会話で見つかるのかも知れないわね。」
そんな事を嬉しそうに話す彼女の視線はちょっとだけ遠くを見ていた。
「よほどお腹がすいてるんだね。」
確かこんな言葉で話しかけたかなとふと口にしているうちに今日の気持ちは炒飯へと揺らいでいた。

   「トロント中華街」 終■

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