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『秒速5センチメートル』新海誠

鑑賞感想文(ネタバレ少しあり、とにかくただの感想)
読書感想文のように映画の感想は、鑑賞感想文でよいの?

詳しい方、是非訂正お願いいたします
(ひさびさに note 書くのでお手柔らかに)

『絶対はない』そして『永遠の愛なんて存在しない』
それを、口に出すことはタブーな表現

だってお姫様が出てくるストーリーは
なぜなのか”絶対に永遠の愛はある”と表現されていて
誰もそれを疑わない

そんな”恋”や”愛”や”青春”を『永遠の愛』とか『奇跡』みたいに描きながら
上手に裏切る
これが新海誠の手法なんだ
(これは決してディスりではなく、私なりの褒めことば)

人は儚いものや奇跡に酔いしれることができる

でも小さな時に持っていた感受性ってすごいのよ
真っ白なキャンバスに、色を塗っていく
白に赤を塗れば、鮮明な赤が彩られるのに
青が塗られたキャンバスに赤を重ねると紫になる

これが大人になるってこと

真っ白なキャンバスに同じ 桜色 を感じることができ
2人は、その奇跡に『男女の儚さ』を重ね
その『儚い物語』は”永遠”だと感じる

そして大人も抵抗できない壁に対して
子供にはもっと大きな壁があって
その壁は子供に見えない
(いや、見ないフリをしているのか?

その奇跡を信じた子供だちの儚い 桜色 の物語

はじめて大切な人に会いにいく電車
積雪で遅延するなんて考えてもない
積雪で進まない電車
もどかしい もどかしい なんて自分は無力なのか
やっとここで壁の存在に気づく

そこからはとにかく切なく、儚い

新海誠監督の罠に、この時点でハマる

もう抜けられない

この先は、観ている人は
タブーを理解しているはずなのだ

”奇跡”や”永遠”は信じてもよいけど
それは、最後まで続かない

だから、”儚い”という言葉が存在し、ひとはそれに心を奪われる

そして、これも生物学のセオリー
少女漫画では、君はどうしたんだい?というくらい
大人びた美少年が、色ボケした普通の女子学生に言い寄るくらいのセオリー

新海誠のセオリーとは、本来心の成長は女性のほうが少し早いということ
女の子のほうがませている とか 精神年齢が高い とか
そういうやつ

裏切るのは女性であるほうが、ストーリーはとてもきれいなのだ

ただしこの裏切りは、ひどく汚れたものでなく、なぜだか美しい
なぜ、美しいのか
それは簡単だ
当たり前で至極自然な裏切りだからだ

ストーリーとしては、永遠の愛のほうがきれいな気がする
しかし前半に記述した通り、”永遠の愛”は不自然なのだ

恋愛は、永遠の愛ではないし
永遠の愛でないから”儚い”
”儚さ”を観る人は好み
”永遠の愛”は物理的に叶わなくとも、心には生きる

まあざっとこんな感じ

じゃあ感想まとめるよ

映像がきれい そして無駄がない 音楽がよい
人の前頭葉の片隅にある、想い出を引っ張り出して
感傷的(エモーショナル)な気分にして
また前頭葉に戻す作業が1時間ちょっとの間に
無駄なく行われる

そんな時、人は空をキレイだと感じ
空気の色まで目に映すことができる

実写じゃできない、アニメーションだからできるリアルがすごい

でもわたしには、あかりの気持ちがわからない
奇跡みたいな人と出会えて
少女がお姉さんになって
壁がみえて 大人になったとき
大人は自分の手で壁をいかようにも変形させられる
(もちろん、それには大きなリスクをともなうけど
恐らくわたしが中二病だからなのか
まわりの状況を鑑みて、自分の気持ちは胸にしまって
先に進むことは少し納得がいかない(笑)

そこまで大人になれていない自分を痛感した作品でした

2021/03/30 ellymylove




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