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VS運命
祖父の似顔絵を描く時はいつも、タイ米みたいな楕円形から長い毛が一本生えているだけのものだった。
あまりにも辛辣であるが大層喜んでいる祖父を前になんの疑いもなくすくすくと育ち、彼らの世代はもれなく全ての人間の見た目が同じだと思うようになった。父方の祖父も、母方の祖父ももれなくハゲていたので偏見はやがて確信へと変わっていく。
そんな少年は先日また一つ歳を重ね、いよいよ将来のことに頭を悩ませる時期へと突入する。誕生日を迎える数日前の話。亡くなったはずの祖父に夢の中で出会う。夢の自分はいつもありえない状況でも冷静に対処しているのは何故だろう。いつも通りに祖父との会話を終えた去り際、彼は言った。
「カクセ…ン…じゃよ…」
?
「隔世遺伝…じゃよ…」
隔世遺伝とは祖父母やそれ以前の世代から、世代を飛ばして遺伝する現象のことである。
父は頑固で融通が効かないが、ハゲることなく現在も過ごしている。一方祖父はいつも優しくて誰にでも愛想を振りまいていたが、めちゃくちゃハゲていた。
このままではやがて隔世遺伝は発動するだろう。桂馬のように父をすっ飛ばし全て私がその運命を担うことになる。
運命に逆らうこと
こうして私の目標は決まり、すぐに家電量販店に足を運ぶ。まずは己の髪の毛を大切に扱うことからそれは始まる。新宿のど真ん中の店舗では店頭からドライヤーがズラッと並んでいた。運命に逆らう人そんなにおる?
ネットで調べて評価が良かったパナソニックのドライヤーを発見。値段は三万円。三万円ってあの三万円?ドライヤーで三万円?と思わず二度見してしまう。いやあの時は三万回くらい見たので三万度見だった。三万度見。当然のことながら、三万度見をしていると店員が怪訝そうにやってきてドライヤーの説明を始めた。
「当店でも1番の人気の商品で、お値段は張りますが大変オススメなんです。機能はドライモードと…」
早口でものすごい情報量を話してくるので頭が真っ白になり店員の声と意識が薄れていく。もうダメだ倒れると思ったその時、脳裏にまた祖父が現れて私にこう告げた。
「マイ…オン…じゃよ…」
?
「マイナスイオン…じゃよ…」
マイナスイオンとは大気中の負の電荷を帯びた分子の集合体である。主な効果としてストレス軽減や免疫力強化などが挙げられるが、髪の毛の潤いやまとまりなどのヘアケア的な効果もあるようだ。「なんでもアリじゃん」と思ったのではないだろうか。奇遇ですね、私も思いました。
祖父の生前の頃、マイナスイオンはわざわざ遠方に出向かないと手に入れられないものだった。滝や噴水などの水飛沫が多い場所、森の中に発生している。
わざわざマイナスイオンを浴びに頻繁に旅行に行ける筈もなく、運命に逆らえなかった祖父は成す術なく無事ハゲた。だか科学が発達した今、マイナスイオンは我々の手の中にある。隔世遺伝という呪われた運命は私の世代ですべて浄化する。
「これ、ください。」
店頭で三万度見をかましているこのタイプの人間が購入するケースが珍しいのだろうか、店員は驚いた表情をしてその場で深々とお辞儀をした。
その日の夜と翌朝に千年アイテムを実際に使ってみる。以下翌日teamsにて同僚に報告したものである。
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本当のことを伝えないまま会話が終わっていくのだが、こうして情報弱者は生まれていくのだろう。
だが確かに圧倒的な違いを感じた。髪にまとまり・潤いが生まれ、今まで乾燥していた髪が輝きを放っている。地肌まで集中的に乾かす機能から冷風を顔に当ててスキンケアする機能まで豊富だった。そして仕上げの洗い流さないトリートメントで、未だかつて見たこともないほど髪の毛はイキイキとしている。もちろん頭皮マッサージも欠かさない。
運命に逆らうこと
![](https://assets.st-note.com/img/1682640982436-LKQAafhQnr.png)
運命といえばベートーヴェンの名曲があるが肖像画を見ると彼のような天才でも、ヘアケアまでは手が回らなかったことがわかる。
聞こえるかベートーヴェン、今私は運命に逆らうことができる。
冒頭の「ダダダダーン」という音は「運命が扉を叩く音」らしい。私は毎年されるがままに「運命が頭皮を叩く音」を聞いていたのだが、それも少し前までの話だ。
やはりあっという間に過ぎてしまった四月、閑静な住宅街に並ぶ賃貸マンションの一室から聞こえてくるのは鳴り止まないドライヤーの作動音。耳をすませば「指が頭皮を叩く音」も聞こえてくることだろう。
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