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ねないこだれだ (4)

【 6 】


 殺害場所にアミューズメント施設の駐車場を選んだのは、建物の西側入り口でたむろしていた若者たちのような、不良グループと呼んでもさしつかえない者がいると考えたからだ。わたしが描いたシナリオはこう――遼は不良グループから暴行されて現金を奪われた挙げ句、命まで奪われた。施設近辺では、先月、先々月と、通行人が襲われる事件が実際に起こっているので、警察は間違いなく強盗の線から捜査をはじめるだろう。
 そのためには遼の身体を探って所持金をすべて盗んでおく必要があった。
 遼の着ていた上着のポケットを調べると、渡した封筒と携帯端末が入っていた。端末をチェックしたかったが、ロックされていたので諦めて別のポケットを探った。パンツのポケットに入っていた財布の中身は、千円とちょっと。所持金はわずかではあったが、驚かされるものがお札と一緒に入っていた。
〈二瀬交差点そば、アミューズメントパーク。九時半〉
 待ちあわせ場所と時間が記されたメモである。当然、メモにはわたしの名前も書かれていた。危ないところだった。もしもこのメモを見逃していたらと思うとゾッとする。しかし手書きのメモであったのは幸運と言えるだろう。遼が端末にデータとして残していた場合、わたしにはどうすることもできなかったからだ。
 すべてのポケットを探り終え、念のために端末を雨の中へと放って、うつ伏せた遼に背中を向けた。殺害に使用した鈍器は服の中に隠して持ち帰るつもりでいたが、予定外の雨のおかげで、傘の柄という絶好のポイントを得ることができた。わたしは傘の柄と鈍器を一緒に握りしめて、来た道を戻った。
 西側入り口にいた若者たちは姿を消していた。
 敷地の外にでるまで、わたしは誰ともすれ違わなかった。
 寄り道せずに帰宅してすぐにシャワーを浴びたいところではあるが、凶器を処分しておく必要があるので、自宅マンションとは異なる方向へ足を向けた。
 徒歩で二〇分ほどの会崎大池公園へ行き、公園の中央にある池へ凶器を沈めた。計画の段階では現場近くを流れる川に投棄するつもりでいたが、距離が離れていれば発見されたときに事件と結びつけられる可能性が低くなるだろうと考えてのことだ。テレビで観た刑事ドラマで、現場に残された靴の跡から犯人が特定された話を憶えていたので、念のために――もしかするとここまでする必要はないのかもしれないが――履いていた靴も公園内で処分した。背負ったリュックに入れていたクロックスに履き替えて、足の冷たさに堪えつつ帰路につく。クロックスは脱いだらすぐに水洗いするつもりでいる。これも念のためだ。
 マンションへは駐輪場から入った。雨でずぶ濡れになっていたので、クロックスを包んでいたタオルで身体を充分に拭いてから、非常階段を使って部屋へ戻った。扉を開けると、灯したままにしておいたキッチンの明かりに顔を照らされた。寝ているトウマを起こさないよう、静かに洗面所まで移動して、着ていた服を洗濯機の中へ放り入れた。
 入浴はシャワーだけですませた。濡れた髪のままリビングの椅子に腰掛けたわたしは、HDDレコーダーに録画しておいたバラエティ番組を観ることにした。アミューズメント施設にいた時間に放送されていた番組だ。当然、観終えるなり番組のデータは消去するつもりでいる。マンションの防犯カメラに映っていないわたしは、部屋から一歩も外にでていない。ここで、リビングで、バラエティ番組を観ていたのだ。
 番組はつまらない内容だったが、わたしがテレビの前にいたことを証明してくれる。


【 7 】


 曜日を問わず早起きしていたトウマが七時をすぎても起きてこなかったので気になってはいたが、眉を描いて、服装を整えた。外出の準備を終えたところで、遼から奪い返した封筒を灰皿に載せ――灰皿は一緒に暮らしていたころに遼が使用していたものだ――換気扇のしたで火をつけて燃やした。
 昨夜の犯行時、わたしは終始手袋をはめていたので現場に指紋を残したおそれはないが、逆のパターンではアウトだった。わたしの所持品に遼の指紋が残っている。手渡した封筒と現金に、遼は間違いなく触れていた。封筒はすでに灰になったが、お札を燃やすわけにはいかないので早くどこかで使わなければならない。キッチンのワークトップに置いていた革製の財布を手に取り、お札を中にしまおうとしたところで電話が鳴った。
 警察からだった。

〈つづく〉

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