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母と救急車と涙の夜

その日は、朝から母の左足が思うように動かず、微熱もあった。でも、この症状は、よくあることで、2、3日すれば嘘のように良くなるので、今回もまたそれだなと思っていた。しかし、真夜中にトイレで、便座から車椅子に移る時に、うっかり滑り落ちてしまい、床から立ち上がれなくなった。熱があったので、身体に力が入らなかったのだろう。やむなく救急車を呼ぶことになった。

救急隊の人が来てくれてあっという間に母を担ぎ上げて車椅子に乗せてくれた。病院へ行こうと言うと、母は拒否。嫌な予感が的中した。救急隊の方が説得を試みてくれたけど、母があまりにも拒絶するので、救急隊の方は、引き上げることなった。私はこんな時に申し訳ないという思いと、母に対する怒りで、号泣してしまった。救急隊の方の目は優しかった。これは、私たちの仕事だから、気にしないでくれと言われて、ますます私の涙は止まらなくなった。

救急隊の方は、3人来てくれた。その中のおそらくリーダー格と思われる方が、帰り際に、娘さんも身体壊さないようにご自身の身体を労ってくださいねと言って、帰っていった。こんな時に優しい言葉をかけてくれるその心にまた涙が出た。

部屋でしょんぼりしている母の顔を見て、また怒りが込み上げてきてしゃくりあげるほど私は泣いた。こんなに泣いたのは何年ぶりだろう。母がぽつりと言った。「ごめんね。病院に行ったらもうかえって来られない気がしたの…」母も泣いていた。

一番辛いのは間違いなく母だ。その夜は、お互いいろんな想いが一気に溢れ出て、言いたいこと言って思い切り泣いて、不思議と最後には2人で笑っていた。



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