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最適な家族なんて存在しない【第11話】ハイリターン

フリーライター・早島チサ43才、独身。政府主催の親子マッチングプロジェクトに不正があると疑い、参加することで真偽を確かめようとした。「親」としての役割が振り分けられ、17才の少年との共同生活がはじまる……はずだったが、そうはならなかった。

なぜなら「息子」として指定され、「家」で待つ保取コウジは、もうすぐ還暦を迎える男だから。

セーブポイント。

 シューティングゲームの始祖とも言える『スペースインベーダー』。侵略してくる敵、インベーダーが最下段に到達するまで、移動砲台を操作して殲滅するゲーム。そして「名古屋撃ち」とは、その当たり判定の論理バグを利用した攻略法。

 敵と砲台との距離をぎりぎり侵略寸前までに詰めると、敵の弾が砲台をすり抜ける現象が起きる——うまく運べばもっとも高得点が狙えるワザ。

 だが、敵が最下段まで降りてくるまでの間、あらがじめに敵を数列撃墜したり、タイミングよく発動できるような事前準備など、素早くかつ的確な操作も必要だ。でもこうやって工夫して苦労してまで冒す、一歩間違えればゲームオーバーの危険から、得られる恩恵も大きい。

 ——言いたいことはわからなくもないが。

「勘弁してください」

「インベーダーゲームは得意ですか」

「インベーダーはもう結構です」

 すでに侵略された気分しかない——コウジは名古屋撃ちが得意だけど、この女の当たり判定がおかしい。

 調子が狂う。

「とにかく、あなたと親子ごっこをやる暇はありません。印鑑とサインをいただき、あとの手続きはこちらでいたしますので、速やかにお引き取りください」

「親子ごっこをやる暇がない、か……そこまで手間ひまぁ、あ。いや。では……いきなり若い嫁をもらっぁ、うーん。あまり若くないですが、押しかけ女房みたいな感じで扱うというのは、いかがでしょうか」

「お断りします。早島さんをそういう目で見ることはできないです」

「えっ……? じゃどういう目で見ていますか? 気になります」

「どういうって……」

 初対面でどうもこうもないのだろう——と思っていても、そうと言った自分にブーメランのごとくに返ってくる気がして、言い出せずに沈黙を決め込むコウジ。しばらくすると、チサのほうから。

「……わかりました。押しかけ女房では無理でしたら、やはり押しかけ母でいきましょう」

「冗談はおやめてください」

「冗談ではありません」

「お引き取りください」

「お引き取りいたしません。台北で借りた部屋から引き払い、東京にあるマンションも売り払ってきましたから、今日からここに住ませていただきます」

「売り払っ……マンション?」

「マンション」

「お引き取りを」

「口座に一億五千万あります」

「えっ……?」

 チサは椅子に置いてあるトートバックを手に取り、中からさっと一冊の通帳を取り出した。ページを開いてコウジに差し出す。

 去年12月までの預金額は五百万円ぐらい。しかし今年に入ってからの国内および海外からのたった三回の振込金額がとんでもないから、現在の残高は一億五千万円となる。

 表紙にプリントした公式キャラは十数年前の旧バージョンから、かなり年季の入った通帳だとわかる。ページや表紙を触ってみて、違和感らしい違和感もなく、偽造でもないようだ。

 台湾で編プロはそんなに儲かるのか。

「いやいや、全然儲かりませんよ。趣味というか、ボランティア事業です。こちらの口座にはマンションを売った金と……まあ、もろもろあって。生きているうちには税金対策で贈与、保取さんより早く死ねたら遺産として、息子であるあなたが相続できます」

「どういうこと……」

「親の財産は子が継ぐ。親子関係の基本、当たり前のことです」

「待てください、どう考えてもぼくのほうが先に死ぬんだろうよ!」

「いやいやいやいやいや、わかりませんよ」

 このお話はもしかして難病もので、保取さんは数カ月後にでも私をハグして世界の中心で愛をさけばないといけないかもしれませんよ――と。自分のメタ発言ジョークに触発されたか、クスクスと笑うチサ。

 照れ笑いなのか、苦笑いなのか、いやいやいやと言いながら人差し指を立て横にふる変人探偵のような口ぶりはなんなのか――いずれにしろバカげている。明らかに営業スマイルのをカウントしなければ、初めて見せた笑顔がこれだなんて、全然笑えない。

 14才差。

 日本人の平均寿命は女性が87才で男性が81才。億をも超える金こそ捨てがたいが、この小娘の「遺産」を受け取ろうとしたら、自分は百まで生きなければならない。

 しょせん捕らぬ狸の皮——あるいは詐欺。

 ——そう。あやしいんだよ。

 ——意地でも自分との関係性を構築したい女なんて、絶対あやしい。

「まあまあ、そんなこと言わずに、長生きしてください」

 ジョークの続きか、本気で言ってるのか、コウジはもうわからなくなってきた。

「百二十才ぐらいまでうんと長生きして、もっと小説をたくさんお書きください。好みの問題もあって、全部が全部を賞賛できると思えませんが、応援はします。母親らしく、死ぬまでずっとあなたを見守ります」

 見守り続けますよ、と。念押しするように繰り返した。

 んじゃ、ちょっと下のスーパーへ買い物してきますね——サイフとケイタイ、あといつの間にどこから取り出したかのわからないエコバッグを片手に、チサは部屋から出ていった。

「荷物は戻ってから片付けますから、そのまま置いといてくださいね」

 ではではすぐ戻ってきますよ——玄関からチサの声。

 パタンと、ドアが閉まる音。

同情するなら金をくr……あ。いいえ、なんでもないです。ごめんなさいご随意にどうぞ。ありがとうございます。