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#6-2 immature

 アプリで注文した出前が到着した。自転車で配送に来た青年は、オンラインフードデリバリーサービスでは珍しいほど愛想がよく、明るい笑顔で商品を萩中に手渡した。

 商品を受け取り、「ありがとうございました」と元気に発しながら去っていく青年の姿を目で追った。
 悪くないな、萩中は、ぼそっと呟いた。

 商品をダイニングテーブルのうえで開け、それぞれが注文したものを持っていった。普段は近くの定食屋や自炊で済ませるが、今はパソコンから離れられる状況ではない。金丸も今日の夕方まではリモートワークだ。
 11時半と、昼食には少し早めだが、3人はパソコンの画面に向かいながら、少し厚めのハンバーガーを口へと放り込んだ。

 「今現在で合計何人だ?」ソファに座っている金丸が、身体を横に向けて中岡に訊ねた。
 「12人だな。なんとか11人以上は確保できたよ。22人までいけば紅白戦ができるけど、難しいかもな」
 「金丸さんが言ってた通りですね。実際に行動に移す人数は少ない」萩中は金丸言葉を回想しながら伝えた。
 「ああ。本当は予想を裏切ってほしかったけどな。こればっかりは仕方がない。でも、だからこそこうしたプロジェクトを行う意義があるんだ。自分で決められる人間が、世に出て活躍する必要がある。ただ、極端に偏った考え方は危険だ。自分の言葉を自分で妄信してしまう恐れがあるからな。自分に疑いがない人間というのも厄介だ。そのあたりも俺たちが伝えていくべきことだ」金丸はパソコンを打つ手を止めて萩中に言った。

 「バランス感覚ですね。僕にはまだ難しいな・・・」
 「大丈夫。経験がバランス感覚を養ってくれる。ただ、必要以上にバランスを意識しすぎると、今度は個性が無くなってしまう。自然体なままに他の価値観を受け入れながらも、柔らかい芯を持っておく必要があると思う」

 中岡は二人の会話を聞いて、心が躍った。今全国から集まってきている選手たちに、こうした話を聞かせてやれると思うとワクワクする。

 考え方が変わらないと、サッカーも変化してはいかない。中岡は常にそう思っているからだ。どんな業界でも、ベテランの経験は優遇される。経験を重ねることで精神的にも落ち着き、仕事の精度が上がり、周囲を見る余裕が生まれる。
 若い頃からベテランのようなマインドを持つことは可能じゃないのか。中岡はいつもそう考える。物理的な経験は時間を必要とするが、考え方のフレームワークや精神的な熟達は、競技を経験する以外でも形成することができる。それがやがては競技力の向上にも繋がると信じているのだ。
 どうすればそれが選手に身につくのか。大学院当時に指導していた子どもたちの中に、答えを見出すことはできなかった。だからこそ、今はその続きを模索したい。

 締め切りの30分前になった。15人目の選手の志望動機は、少し変わったものだった。

 中岡は2人に内容を伝えた。親の都合で2年間スペインにて過ごし、現地のチームにも所属していた、と。日本の新年度に合わせて親が駐在を終えるため、今月に帰国したらしい。JPリーグチームのセレクションも終わっており、チームを探していたところ、Cyber FCに興味を持ったとのことだ。

 「名前は青坂慶。今は北海道に住んでいます、か。身長も前島空翔に次いで大きい。180cmだってさ」
 「北海道か。これぞリモートコントロールの為せる業だな。スペインでの経験もあるのか。それは楽しみだな」
 「18歳未満の子どもは海外でプレーできないんじゃなかったでしたっけ?」萩中が金丸に訊いた。

 「いや、サッカー以外の理由で家族とともに引っ越した時は可能なんだ。それ以外でも、公式戦は出られないが、チームに所属しているケースはたくさんある。俺の友人の子どもも、現地でトレーニングと練習試合だけでプレーして、18歳の誕生日を迎えた時にベルギーのクラブに移籍していったよ」
 「そうなんですね。色々なケースがあるんだ」
 
 萩中は以前から金丸の話を聞いては、スペインへの興味が増している。15年前のワールドカップ優勝以来、主要な国際大会での上位進出はない。しかし、きめ細かく整理されたサッカーに関する考え方は、まるで学問のようだ。金丸は、それがすべてではない、と、よく口にするが、萩中の興味は尽きることがない。

 青坂慶の応募を悦びつつも、嫉妬に似た感情を抱きそうになる自分を、萩中は必死で抑え込んでいた。


# 6-3  約束   https://note.com/eleven_g_2020/n/n640964eed6fd


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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