#13.自死して、自分の葬式に出た話。
とても哀しい夢を見て、泣きながら目が覚めた。
哀しい夢というのは大抵、目が覚めれば忘れてしまうものだ。夢と現実の間にいるのはおそらく寝起き3秒未満。その間に哀しい記憶はさらさらと消え失せて、涙や息苦しさだけが現実に残る。思い出せた試しはない。
ただ、今回の夢は少し異なるものだった。寝起き数時間は体のなかに残っていた。
今から書く内容は、その日の朝にnotionに書き留めていたものだ。
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夢の中で、私は地元にいた。人口3000人ほどの小さな町だ。
私の実家は国道から少し山に上がったところにある。その道に入るところには、地区で管理している大きな花壇。近所の親子が定期的に集まり、水やりや苗植えをしていたそれだ。
私はそこに立っていた。今の、大人の姿だ。
ひとりではなかった。けれど、誰といたのかはよくわからない。思い出せないというより、思い出すものもないような──夢の中の私に、意図的に消されたような感覚だ。
その人と他愛もないことを話す間、私はとても穏やかな気持ちだった。今思えば諦念だったのだと思う。
その穏やかな気持ちのままその人と別れ、私はひとりどこかへ向かった。夕方のような、寂れた時間帯の空が印象的だった。
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意識が途切れるようにシーンが変わったのか、はたまた忘れてしまっただけなのか。何にせよ、目を開けると私は実家の玄関に立っていた。
出迎えてくれたのは母と祖母。一瞬、すべての音が消え去ったような沈黙が訪れたあとで、いつも帰省したときに見る笑顔が見えた。自分で言うのは憚られるようだが、安心と嬉しさが入り混じった表情だ。
私もすごく安心した。でも同時になんだか寂しくて、切なくて、ちょうど晩夏の夕暮れみたいな感情だった。もしかすると夢のなかの季節もその時期だったのかもしれない。家の裏の山から、ひぐらしの鳴き声が聞こえていた気がする。
実家では、私の葬式が執り行われていた。私はたぶん、玄関に入るずっと前からそれに気付いていた。
私はあのとき穏やかな気持ちで、自分の命を絶ちに行ったのだ。けれど、あの花壇の前からさっきまでの記憶がすっぽり抜け落ちている。本当にそうだったのか確証がない。変な話、そのつもりで向かっていた途中に事故に遭ったとか、そういうこともありえる。
私も葬儀の出席者の一員のような感覚で、ごく普通に時間が過ぎていった。「母さん、これここに置いといたらいいんー?」とか聞いて、法事のときのように手伝ったりもして。
読経が終わり、いったん座敷から出て台所へ行く。そのとき、黒と金のお菓子の缶に入っている手のひらサイズのノートが目に飛び込んできた。そして、それがやけに気になった。
ノートはボロボロで、泥だらけだった。
私はなんとなく、そのノートが自分の遺書で、そこに途切れていた記憶のすべてが詰まっているとわかった。だから、手を伸ばしてそのノートをつかもうとしたのだけれど、どうしても触れなかった。ほかのものには普通に触れられるし、掴めるのに、それだけはスカッと手のひらを通り過ぎてしまうのだ。
少しの衝撃と、もどかしさと、あとは哀しい気持ち。
そんな私のそばに、いつの間にか母が立っていた。母は泣いていた。さっき玄関で見た、安心したような笑顔はなかった。いつの間にか私も涙が溢れてきて、ふたりして静かに泣いた。ずっと、長い間。
私は死んで、もうここには戻ってこれない。そばで泣いている母への申し訳なさでいっぱいだった。私がこうなった理由が何であれ、私は死んだのだ。私がそれを望んだのだ。
それがこんなに残酷な──それは私にとってではなく、私にとって大切な人にとって──ことだと、ここまでのことだと想像できなかった。でも、きっと生きているうちにどんなに頑張ったところで、想像できる範囲の絶望ではなかっただろうとも思う。
自分の選択が母を残酷なかたちで傷つけたこと、でも私にはその選択しかなかったこと。相反する2つの結論に胸がつまって、母に「ごめんね」すら言えなかった。私たちはずっと一緒に泣いていた。
高校の時の同級生が自死したとき、私には怒りみたいな感情しかなかった。死んでも何にもならないのに、なんで?──それは今思うと単純すぎる感情だったのかもしれない。
「例えどんなかたちでも、これっきりでも、一度だけでも帰ってきてくれたら」。玄関で、死んだはずの私を見た母さんが訝しげな表情ではなく、帰省したときのそれと似た表情を浮かべたのを思い返すと、その心情は切実な祈りのようなものなのかもしれないと思った。
だからこそ私は本当に申し訳なくて、ずっとずっと、泣き続けるしかできなかった。
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......という夢だった。
死ぬ場面の直前に目覚めてしまうのが夢の定番だが、見事にそこだけすっ飛ばして死後(に近いもの)の経験をした。そんなめずらしい夢だった。
もちろん答え合わせはできないし、するつもりもないのだけれど、夢の中で私の死は現実だった。あの絶望も申し訳なさもすべてが現実だった。だからきっと、もしそんなことをすれば、深く後悔するのだろう。しないけど。
念のために言っておくと、そもそも死にたいとか思っていない。
起きて数時間後、ふと「私生きてるんか?」と不安になってコンビニに行った。普通に接客してもらったので「生きてるわ…」と、ちょっと安心した。ひとり暮らしはこんなところでも不便なのか。若干打ちひしがれながら家に帰る間、姉に「母さん元気?」と連絡した。元気だった。
夜、久々に母さんに電話した。そこでもちゃんと元気だった。さすがに夢の内容は言えなかったけど、結果オーライということで。
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