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エリート過剰生産はなぜ必ずしも国家の崩壊をもたらさないのか?

 エリートとは何か?市民から富を集め管理し、その余剰で生活するものだ。古代においては貴族がそうだった。現代は政治家、高級官僚、弁護士、医師、学者、富裕層、国家によっては軍人のこともある、がそれはまた複雑になるので省略する。
 単純な農業国家のモデルでは、市民=農民 エリート=貴族と考える。
農民は畑を耕し、土地から資源を収穫する。
そのうちの何割かをエリートが徴収する。
農民の人口が増えると、新たに土地が開墾される。
収穫できる資源が増えるため、農民もエリートも増大する。
耕作に適した土地に限度があるので、ある段階で農民は人口が増えなくなり、土地からの資源産出も頭打ちになるが、エリートは増え続ける。
増えたエリートを養うためには、より多くの資源が必要となるため、エリートは徴収量を増やす。
 ある段階で農民が自らを維持できない程度に徴税が苛烈になると、農民が減り、資源が減る。その結果エリートは資源不足に陥る。
限られた資源を確保するために、カウンターエリートは困窮した農民を率いてエリートに軍事的な挑戦を行う。
 そのような状況では産出資源はさらに減る。また国内がまとまっていないため、災害や疫病、外部からの侵略に脆弱になる。
 いずれかをきっかけにして既存のエリートたちはカウンターエリートに敗北するか、完全な混乱が訪れる。

 これはエリート過剰生産が国家を滅ぼす流れをごく単純に描き出したものだ。

 さて、これは現代社会に当てはまるだろうか。それを考えた時、大卒者が過剰に生まれ、無職が増えた就職氷河期(1993年前後に就職した、現在の40歳前後の世代)はなぜ大規模な反乱を起こさなかったのか。
 そして、現代の中国において、なぜ反乱がいまだに起きていないのか。
これに十分こたえることができるのだろうか。
 今回の疑問はこれだ。何らかの回答も引き出してみようと思う。

 時間を巻き戻して、日本の歴史を見てみよう。

 江戸時代は265年続いた。これは王朝の寿命が一夫多妻制なら100年前後、一夫一妻制なら150年から200年程度であることを鑑みると異常に長く、またその終わりも明治維新という、かなり穏当な政権移譲だった。
この原因は部屋住み制度なのではないかと、僕は考えている。

 部屋住みとは、当時の武士=官僚=実質的な貴族階級の増加を防ぐための制度だ。石高が少ない武士階級では、土地の相続した土地が分割されて貧しくなると、武士の階級を保った生活が維持できないため、原則として結婚するのは長男のみで、次男以下は居候として、実家で趣味や学問をしながら日々を過ごしていた。
ターチンの本には勿論江戸時代に関する言及はないが、この制度がエリート過剰生産を防いで、幕府が長期に維持されたと僕は考える。

 彼の研究が依拠している国家崩壊の事例は、ロシア革命(1923年)、南北戦争(1861年)、太平天国の乱(1851年)などがもっともあたらしいもので、所謂家族計画(1950年代)を可能とするような避妊技術(ラテックス性の発明は、1910年代のようだ。もちろん普及はその少し後になる。

 こうした歴史を振り返ると、産児制限が技術的・倫理的に容易になった段階で同様のサイクルが続くかを示した国家崩壊の事例は殆どないのだ。
 実際、内閣総理大臣の子供の数は、小泉純一郎から10代まで数えてみても、中央値は2人だ。
 このように、エリートほど子沢山、ということは必ずしもなく、独身であることも、結婚しても子どもを持たない選択をしたり、子どもを一人しか持たないこともしばしばある。
 エリートが子どもをたくさん作らなければ、エリート過剰生産は起こりづらい。

 また、反乱を起こす場合は、エリートが自分が望むような社会的成功を収められないことが明らかになり、そのうえで市民が困窮化していて、扇動すれば組織化できるときだが、社会保障が充実していて、一人っ子であれば、親の年金を頼りに実家で暮らすことができる。二人でもなんとかなるかもしれない。でも5人が実家暮らしするのは現実的ではない。その場合な家から追い出すだろう。これで食い詰めた貴族が生まれ、彼は潜在的なカウンターエリートとなるのだ。

 現代の日本では、文化的にも充実しているから、何かしらの成功を得る可能性のある道筋は沢山ある。土地をたくさん所有する以外に人生で何らかの成功を収める方法が多数あるのだ。

 そんな状況では、カウンターエリートがエリート志願者を扇動し反政府団体を作ろうとしても、扇動された人は実家で安定して、比較的余暇があって、自由の多い生活をするか、反乱を起こすか、という選択肢を選ぶことになる。

 こんな状況では、反乱が魅力的な選択肢になる可能性は低いだろう。
実家で籠もっていたら結婚も難しいから、エリートは縮小再生産される。

 そしてそんな状況を見た他のエリートは、子供の数を制限したり、子どもを作らない選択をするかもしれない。
こうした動きは少子高齢化、つまり人口に対する20歳代の割合の低い人口ピラミットをつくる。
 反乱を起こす主軸になるのは20代なので、その割合が少なければ、社会は安定する傾向にある。

 格差の拡大は充実した社会保障制度のもとでは起こりづらい。日本では貧しさの理論上の最低値は生活保護だ。衣食住は確保され、最低限の健康で文化的な生活が送れるようになっている。この制度を適切に使う限り、餓死する可能性は低い。最低限として考えた場合は悪くはない、と言えるだろう。

 国家債務の拡大は問題だが、これは公開情報だから問題にすることができる。知らないうちに隠れ債務が増えている、というのは考えづらい。
というわけで日本の場合は国家崩壊は起こりづらいし、就職氷河期に反乱か起きなかったのは、出生率がXの世代でそもそも各家庭に子どもが少なく、親世代が豊かで社会保障も充実していたため、実家か反乱かを考えたときに反乱が魅力的ではなかった、と考えることができる。

 また、暴力的な選択肢を持たずとも意見が通るのであれば、反乱を起こす理由は乏しい。実際、次世代運動も民主的な手続きを行って社会を変えようとしているし、政府は強権的というわけではなく、むしろ僕が今まで引用してきた資料が政府の公式資料であることからわかるように、むしろ社会保障を適切な規模にするきっかけを求めているように思う。
 少なくともこういった意見をwebに書く上で、命の心配をすることは一切ない。

 さて、話を中国にうつそう。

 中国は大卒者数が増加したが。経済の減速によってその地位に見合う仕事を手に入れることができていない。これはエリート過剰生産の状態だ。しかしすぐに反乱とならないのは、白紙運動の控えめさと、弾圧の苛烈さ、そして一人っ子政策と経済成長によって実家ぐらしを選択できることだ。
実際、中国の何かそれらしい本格的な反乱は、寝そべり族くらいだろう。

 寝そべり族は国家をすぐに打ち崩すことはない。確かに生産性の高い世代が生産活動を行わないことで社会全体の生産性は低下する。
 しかし、中国の不景気は過剰生産と輸出先の不足と不動産バブル崩壊が問題なので、労働力が増えてもそれを上手く使う先に乏しい。

 むしろ少ない仕事の中で節約するような生活で満足することで、社会を安定化させるだろう。

 たとえば昆明地下鉄では2か月給与の支払いがないようだが、現時点で反乱がおきた、というニュースはない。

 では寝そべりは国家崩壊に繋がるのかといえば、短期的にはきっとつながらない。特に不景気で仕事がない場合、寝そべっている人が一定数いるのは、社会の安定化に寄与する。
 
 長期的に寝そべっている人が多い場合、社会を維持するのに必要な生産性が維持できず、インフラが崩れて、複雑な社会が維持できなくなる可能性はある。ただ、そうした状況は給与が上がるはずなので、インフラは維持される方向に働くのではないかと思う。

 寝そべり対策が難しい点は、いくら強権的な政府としても、何もしない人を罰することは難しい、ということだ。
 一生懸命安価な給料で働くか、寝そべるか、政府に反抗するかが選択肢になったとして、自分の食い扶持が確保されているなら、確かに寝そべって生きるのは、選択肢として有力だ。

 これは中世では得難い選択肢だったはずだ。とりわけ家庭をもつべきだという社会規範の存在と、娯楽の乏しさは、寝そべりを惨めな選択にする。

 江戸時代に部屋住みが成り立ったのは、参勤交代で武士が江戸に住んでいたこと、様々な文化と学問が花開いていたことが関連しているのかもしれない。

 無料(かつ無限)のインターネットコンテンツ、短時間の賃労働、そして実家暮らしを可能とする低い出生率、家庭を持たないことに対する偏見の縮小、こうした要素が積み重なって、現代では格差拡大とエリート過剰生産の時代に、寝そべる選択肢が新たに現れ、カウンターエリートの反乱を抑制する方向に働いたのではないか。

 まとめ
・エリート過剰生産による国家崩壊を示す事例の最新版はロシア革命とちょっと古め。

・部屋住み制度は、エリート過剰生産をやわらげ、江戸幕府の存続に寄与したかもしれない

・産児制限が技術的・倫理的に可能になってからの世界で、エリート過剰生産論が当てはまるかははっきりしない。

・現代ではカウンターエリートをやって、反乱を起こすより魅力的な選択肢が、エリート志望者には幾つもある。

・これはカウンターエリートを動員するのを難しくさせる。

・日本において、国家債務の問題は公開されているから、対策は、非公開の場合に比べて容易である。

・寝そべり族の存在は、エリート過剰生産を和らげる。

・現代の豊かさと偏見の少なさが、カウンターエリートの反乱に抑制的に働いているのかも。

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