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104 羽生善治『迷いながら、強くなる』

水曜どうでしょうの藤村さんらと羽生さんの鼎談を、興味深く見させてもらった。


動画の中で、羽生さんが「迷ってしまうような局面にたくさん出合ってきたからこそ、ここまで来ることができた」(羽生善治『迷いながら、強くなる』三笠書房一前掲1)という発言を聞いて、数学の授業のことを思い出していた。

数学の問題を解いているとき、たとえ不正解だったとしても「迷ってしまう局面」について、もう少し記録できれば、質の高い学習になるはずなるのではないだろうか。

そして、パッと見の直感力を鍛える。将棋だと短い時間で考える中で正しい選択肢が入っているかどうか直感の精度と正確性を高めていくことが重要でなのでそうだ。僕は数学も同じだと考えてある。「覚えること」「使うもの」「考えること」が想定にあったのか。もしもなかったとしたら、それを想起するためには問題文のどこを見るべきだったのか、どこをスルーしてしまったのかを整理し、教訓にしていく作業を生徒にはしてほしいのだが、なかなかそれができていないように見える。なぜそこにフォーカスできないでいるのか、原因が分からないでいる。その原因が分かれば、『学び合い』が内実を伴ったものになっていくのだろうな。