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ピチカートVと私

The Audrey Hepburn Complex

ピチカートV(当時の表記)に出会ったのは近所のヨーカドーの2階の新星堂。細野さんの立ち上げたノンスタンダードレーベルからそういうレコードが発売されることは多分雑誌かフライヤーで既に知っていたと思うけど、まあジャケ買いですね。ノンスタ第一弾リリースのMIKADOはその前のクレプスキュールレーベル時代から聞いていて、待望の細野プロデュースによるリリースだったんだけど、以前のチープな質感が薄れて音がリッチになってたので、むしろピチカートのこちらの方が、そのイメージに近く、好感が持てました。チープと言ってもMIKADOのそれとはちょっと違い、当時欲しくてしょうがなかったYAMAHA DX7だけで作られているとわかるサウンドで、それも身近な感じがして、好感度が高かった。


in ACTION

2枚目の12インチ「in ACTION」のC/W曲「boy meets girl」。作曲は鴨宮諒さん。サムネのジャケ絵はCD化された際のもので、12インチは60年代風メイク&衣装の佐々木麻美子さんがアオリアップで、色味が3色刷りみたいになってるという、もっとカッコいいデザインでした。これもジャケ買いと言って良いでしょう(そのジャケでなかったら1st一枚買って終わってたかも)。この曲も全編DX7丸出しのチープテクノポップサウンド。コード進行が凝っていて、変なコード進行だなと印象に残った曲だが、リズムは当時のマシンリズムだった頃のヒップホップ(アフリカバンバータとかハービー・ハンコック「ROCK IT」とかのそれ)の影響を受けた黒っぽいモノで、すぐに心を掴まれた。その一方スキャットは最初は「なんだこりゃ?」と思ったが、そのうちむしろ病みつきに。この2nd12インチで完全にファンになりました。


Couples

CBSソニー(大手!)へ移籍しての1stフルアルバム「Couples」はノンスタ時代とは一転してブラス・ストリングスも含めて全面生サウンド化。チープテクノポップを期待してた身としては、めちゃくちゃ肩透かしを食らった感じ。全体としては当時まだ再評価など始まっていなかったバカラック、ニール・ヘフティ、ヴァーブレコード、CTIレーベル、60年代のハリウッドサントラ、ソフトロック、A&M、バーバンクサウンドといった辺りの発掘&再現で、「渋谷系」という言葉が生まれるずっと前にこれをやっていたことは特筆に値する(ゆえに元祖渋谷系はピチカート以外ありえない)大瀧作品におけるスペクター・ウォール・オブ・サウンドの再現の若者版みたいな感じだった。「おかしな恋人・その他の恋人」はやはり鴨宮さん作で、この曲はどちらかというとモータウン色の強いサウンドメイクになっている。テクノを期待してた身としては、最初に聞いた時は大きな落胆があったのだが、しかし聞いていくうちに次第に大好きになっていき、元ネタであるバカラックやA&Mを聴くようにもなっていく。


Bellissima!

ソニー2作目のアルバムではメンバーチェンジによりアイドルだった佐々木麻美子&お気に入り作家だった鴨宮諒さんが抜けてしまい、ネオGS界隈で期待の若手と言われているらしい田島貴男という男性ボーカルに代わるというアナウンス。しかもキャッチコピーがたしか「汗知らずスイートソウル」みたいなもので、前作からしたらもう「???」みたいな感じだったが、そうした裏切りも含めすっかり虜になっていたため、予約して購入。おかげでピチカート史上最もカッコいいジャケットのポスターをゲットできた(実家住まいの間中部屋に貼っていた)。音の方は期待の通り全然今までと違うサウンドで、マーヴィン・ゲイやスタイリスティックスなど、モータウンやフィリーソウル、AORを再現した感じのアレンジに。この頃にはもう音がどうであろうとピチカートのやることが最先端なんだ、と洗脳され始めておりました。


女王陛下のピチカートファイブ

ソニー3作目にして最大の問題作。ピチカートは六本木&芝浦インクスティックを常箱としており、六本木時代のライブには行ったことはなかったが芝浦に出るようになってからは何度も見に行っており、このアルバムも店頭予約ではなく芝浦インクでのレコ発ライブの会場物販で購入。初めて聞いた時はとにかくドギモを抜かれ、しばらくこのCDばかり聴いていた。何が問題かと言うと、アルバムにこれまでのようなコンセプトがない。いや、あるのだが、ジャンルが曲ごとにバラバラなのだ。コンセプトはDJなのである。しかもアルバムと言えばAB面で10曲〜12曲が普通だった頃、60分に迫る全19曲。完全にCD時代のフォーマットである。曲の方もこれまでのテクノポップ〜ソフトロック〜スイートソウル路線に加え、イタリアシネジャズテイストやヒップホップ〜ゴーゴーサウンド、さらに既に並走していたオリジナルラブ風味のガレージロックまで、とにかく雑多で聴いてて飽きない。このアルバムこそがDJカルチャーmeetsポップスという渋谷系の開闢を正式に告げた一枚なのであった。


月面軟着陸

ソニー4作目。ジャケも特殊デザインとなり、もはや信藤三雄のやりたい放題である(前作も勿論かっこよかったが)基本は前作の踏襲で、収録時間はついに70分超え。ほぼ全曲既発表曲のセルフカヴァーorベスト盤的な内容であるが、全曲リアレンジされた、いわばセルフリミックスアルバム(当時まだそういう言葉がなかった)であるというのもまた新鮮であった。サウンド自体はさらにDJ対応な(当時の)現代的なサウンドとなり、ジャンル何でもありも踏襲。既に田島貴男の脱退も発表済みの中、ピチカートのこれまでの集大成のようなアルバムとなり、次の展開がどうなるのか期待が膨らんだ。


最新型のピチカートファイブ

そうして発表されたのが、新ボーカル野宮真貴の加入とコロムビア移籍&5枚連続リリース。野宮さんは月面やライブなどでもゲスト参加していたため想定の範囲内(同様に戸川京子さん/純さんの妹もよくゲスト参加してたので、その線もあるかと思ったがこちらの予想は外れた)。まず浅野ゆうこ主演ドラマ「学校へ行こう」サントラ(エキゾラウンジ風味やMOOGものっぽい曲など、これもラウンジブームに先駆けた内容ではあった)を挟んで連続リリースの2作目が本命の新生第三期ピチカートのシングルCD「大人になりましょう」。その内容がまた、大問題作であり衝撃的で、沼田元気の手による古い日本映画からのサンプリング&コラージュに、後にソフトロック路線と並ぶピチカートの代名詞となるハウスビートが絡む歌謡ポップス路線(東京は夜の七時系)を完成させた。既に近田春夫プロデュース「KOIZUMI IN THE HOUSE」など先行例はあったが、今聞くとそれらは音がペラいが、この曲のサウンドは完全にクラブユースに対応する、同時代的にも最先端で、今聞いてもクラブクラシックとして通用するそれなのであった。DJ文化meets歌謡ポップスという渋谷系のドグマが、ついに音として昇華した瞬間であった。

その後

ここからは五枚連続リリースの最後を飾るアルバム「女性上位時代」を経て、コーネリアスプロデュースの「ボサノバ2001」でプチブレイク、そして「オーバードース」の「東京は夜の七時」で一躍トップアーティストの仲間入り、という皆さんご存知の経緯。しかし、この海賊サンプリングまみれで再発もままならす、歴史の闇に葬り去られている状況のアルバム「女王陛下のピチカートファイブ」「月面軟着陸」シングル「大人になりましょう」にこそ、当時の時代の空気と熱狂、そして後の渋谷系全盛時代の萌芽が詰め込まれているのである。

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