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『Sleep No More』で体験した日本のイマーシブシアターとの違い

イマーシブシアターブームを生み出した大ヒット作『Sleep No More』。そのニューヨーク公演が2024年1月で終わると聞いて「いつか行こう」とのんびり構えていた石川は慌てて旅行手配を行い、4回分のチケットを買ってニューヨークに向かったのが2024年の1月17日。

実際には終了が1月→2月→3月→4月(2024/03/14現在)と、まるでどこかの閉店セールみたいに伸びていったので、落ち着いて手配すれば経費も10万円以上違ったと思うのですが、ともかく公演が見られなくなる心配の方が大きかったので、結果良かったのかなとも思います。

『Sleep No More』については熱心なファンも多く、考察もたくさん上がっています。4回程度参加した私などひよっこのようなものです。(『Sleep No More』を制作しているPunchdrunkのファン向けビンゴには「Sleep No Moreに50回以上行った」という項目が)

ただ、実際に参加してみて、『Sleep No More』が日本のどのイマーシブシアター体験とも違っていて、しかもとても面白かった。それは何だったのかを自分なりに整理するためにこの記事を書いてみています。



ここはどこ?

初めての『Sleep No More』はある意味、今の日本のイマーシブシアターと比べたら不親切極まりない公演でした。

まず、チケットに書かれた入場可能時間とその後の入場受付によって、会場に入れる時間帯が変わってきます。 どういう事かというと、「同じお金を払っているからお芝居の最初からちゃんと見せてあげますね」といった事はまったくなく、最初の時間帯の入場組でもない限り、すでに始まっているお芝居の途中のどこかにいきなり放り込まれることになるのです。そして終わる時間は同じです。

つまり、入場時間によって同じお金を払っていても3時間楽しめる人もいれば、1時間半しか楽しめない人も出てきます。さらに『Sleep No More』はイマーシブシアターなので、キャストは6階層にも渡るフロアを動き周ります。そうすると、たとえお目当てのキャストを追いかけたいと思っていても、入場時にはどこにいるかすら分かりません。(何度も参加していれば目星は付けられますが)

それに輪をかけるのが、どのフロアにいるか分かりにくいという点です。
入場時に観客はエレベーターか階段のどちらかで入場します。階段は固定されているのでまだ自分の位置が把握しやすいのですが、エレベーターだと、そもそもどの階に下ろされるか分からない(ランダム?)なため、4回程度参加した石川ごときでは、ぱっと場所が把握できません。キャストを求めてうろうろと歩き回るハメになります。 しかも、上下移動の階段が1つではなく2個所にあるため、暗い会場を何度も移動していると、一度把握したはずの階数がまた分からなくなってきます。

さらにさらに一部の場所は公演中にセットの変更すらあるのです!私はこれに気づくまで、前回と同じ場所に行ったつもりなのにぜんぜん別の場所に出たと思い込んで、存在しない目的の場所を探しフロアを彷徨うハメとなりました。

あなたはだれ?

そんな感じでフロアを彷徨うと、ようやくキャストと遭遇することができました。シーンの内容からどうやらマクベス夫人のようです。

ちょっと脱線しますが、イマーシブシアターといえどもお芝居なのでまったくの白紙で見てもよいのですが、できれば『マクベス』だけは読んだ(もしくは映画を見た)方がいいと知人から言われて、直前に慌てて本と映画を予習しておきました。
『Sleep No More』で繰り広げられる物語の半分くらいは『マクベス』が下敷きになっているので、それを知っているだけで(特に参加回数が少ない場合は)理解度がかなり変わってきます。
しかも英語圏では『マクベス』は基礎教養に近いらしいので、『Sleep No More』内では「知っていること」を前提に構成されている感が強いです。

結果、『マクベス』を読んでいたから『Sleep No More』がネタバレになるという事態は石川的にはまったくなかったです。 ちなみに『Sleep No More』のもう1つのモチーフと言われる映画『レベッカ』は個人的にはお好みで、くらいかなと個人的には思います。

こうして何人ものキャストに遭遇し、公演に何度か参加すると、『Sleep No More』にどういう登場人物がいるかが分かってきます。 特に『マクベス』に登場する登場人物に準じたキャストとは別に、『マクベス』に登場しないキャストが何人かいるらしい事が見えてきます。よし、これでキャストが判別できるようになりました。安心してお目当てのキャストを追いかけましょう……という訳にはいきません。

まず、一部のキャストは衣装が似ていて、ぱっと見に区別がしにくい。暗いフロアも多いのでなおさらです。更に移動時に着替えたりするキャストもいます。なのでしばらく行動を見守って何の役か把握する必要があります。
その上、各公演毎に(1日2回公演であっても)同じキャストでも配役される人が変わります。それも、似たような人が配役されるのではなく、体格、人種、場合によっては性別すらもまったくバラバラです。なので、その公演の初見ではますます判別が付きにくくなります。

実際、4回目の公演で石川はやらかしてしまいました。 3回目のとき、あるキャストを追いかけていて、でも途中で見失ったんですね。 そのあといろいろうごいてたら、あるフロアで再会。しかもその直後1 on 1(観客の中から一人だけが選ばれて特別なイベントを体験できる)で、最前列にいたので期待したのですが残念ながら選ばれず。

で、4回目はそのキャラを絶対見失わないよう入場時間のタイミングでいる可能性のある場所へのルートを一緒に参加していた知り合いの方から身振りで教えてもらい(笑)、そこへ向かおうとすると、途中の通路で男女のキャストがパフォーマンス中で通れない。
しかたなく回り道しようとしたのですが、まだフロア間のつながりを十分に把握していないため迷子になり、あとで見つける事はできたのですが、最短時間で追うことはできず。 そして会った時に気づいたのです。あれ、この人さっき廊下でパフォーマンスしていた人だ!
すでに見たことのあるシーンだったらここで行われているパフォーマンスは違うキャストであっても追いかけたい役の人だと分かるんですが、残念ながら廊下のパフォーマンスは初めて見たシーンだったので、この人が今回のお目当てだとその瞬間は気づかなかったという訳です。

さらにオマケの笑い話。今度こそ1 on 1に選ばれるぞと気合いを込めてそのキャストをずっと追っかけていたのですが、私が3回目に見た場所に行かない。何で!?と思ったら、実は3回目で見た1 on 1は追いかけてたのと別のキャストだったのに、同じ人と思い込んでいたのですね。

ループだから追いかけやすい?

ちなみに『Sleep No More』は同じ物語が3回ループすると言われていたので物語を把握しやすいし、各ループ毎に違うキャストを追いかけられるのでイマーシブシアターという形式を堪能しやすい、と石川は思い込んでいました。ところが、ここでも裏切られることになります。

まず、さきほど書いたように入場時間によってどのタイミングで会場に入れるか変わってくるため、今が何ループ目のどこまで進んでいる状況かが分かりにくい。
そしてちょっと誤算だったのは、ループの区切れ目がそこまで明確ではないことでした。 石川がイメージしていたループ構造は、最初と最後に全キャストが集合して、そこから明示的に次のループが始まるというものでした(石川が参加したことのある日本のイマーシブシアターでループ構造を持っているものはだいたいこの形式でした)

ところが『Sleep No More』は、キャストが全員集まるのは公演が終わる一番最後のシーンだけだったのです。 (もちろん多くのキャストが集まるシーンもあり、慣れた人はそのシーンを起点に現在の進行状況を把握したり、そこからキャストを追いかける起点にしている場合も多いようなのですが)
そうなると、いまいる場所や追いかけているキャストによってはループが終わったことすら分からない場合が起きてきます。一度見たシーンをもう一度見ることで初めて物語がループしていることに気づくのです。
また、そういった状態なのでどんな物語かを把握するのもなかなか困難です。「ここから物語が始まっている!」と明確に分かって、そこから追いかけようとすれば把握もしやすいのでしょうが、そもそもループの起点が分からないので、特に『マクベス』由来でないキャストを追いかけていると、見事に物語が見えてこなくなります。

逆にこのループの切れ目を分からせないような構造はとてもよくできています。ループするということは変化したものを元に戻さなければならない訳ですが、公演が続いている以上、そこにスタッフが現れて現状復帰をする訳にはいきません。キャストがまったく不自然でない形で戻していくのですが、そのことに気づいた時には感動しました。

『Sleep No More』は不親切か?

ちょっとここまでの内容を最近の日本の代表的なイマーシブシアターと比較してみましょう

なんだか『Sleep No More』は日本のイマーシブシアターに比べて、とても不親切なようにも思えてきます。ある意味ではそうでしょう。 しかし、この不親切さは意図してやっているのではないかと思います。

迷いの森へようこそ

つまり『Sleep No More』は、単に迷うように突き放しているのではなく、迷うことを楽しく感じるように意図的に演出しているのだろうと。

例えばフロア毎の設計。 『Sleep No More』は6層のフロアになっていますが、単にすべてのフロアに部屋をちりばめているのではなく、フロア毎に統一したテーマや世界観のようなものを感じるのです。 その結果、フロアを移動するごとにまったく別の世界に迷い込んだような感覚を覚えます。
更にそれぞれの場所で五感をフルに活用した体験をさせようとしていることです。
場所毎に特徴的なセットが組まれている&全体的に暗いフロアなので移動するだけで目の前に新しい光景が現れる視覚的な刺激がまずはあるのですが、歩き始めて次に驚いたのは、足触りでした。 歩くだけで、足下が固かったりフワフワしたり、触感の違いが感じられ、違う場所に来たのだと視覚とは別の感覚で分かるのです。

この五感を使った演出は『Sleep No More』のあちこちに見受けられます。 例えば、セットに触れること。日本だとよく「このマークの付いたものは触れません」「セットには一切触らないでください」みたいなものが一般的だと思うのですが、『Sleep No More』では基本的に触れないセットが存在しません。
そこに置いてある限り、基本的にすべてのものに自由に触ったり開けたり読んだりすることができます。 紙モノだと下手をすると持って行かれたりする危険性があると思うのですが、それすらも想定して設計しているようです。

また、音楽も同じ場所であってもシーンに合わせて歌が流れたり、かと思うと映画のサウンドトラックのように雰囲気を醸し出すBGMがかすかに流れたりして、時に前に出てシーンを演出し、時に後ろに自然と流れて雰囲気を盛り上げたりします。
また、私はあまり気づかなかったのですが、嗅覚の体験も意図的に設計されているようです。

Punchdrunkがこういった五感をフルに活用する演出を意識していることは書籍「THE PUNCHDRUNK ENCYCLOPAEDIA」のsenses(感覚)の項目にも書かれています。(以下機械翻訳)

Punchdrunkの作品、特に仮面劇では、360度の環境で人間の感覚全体が操作される。パンチドランクの世界では、嗅覚、聴覚、触覚が重要であり、暗闇や影が使われる視覚よりも優先されることが多い(後略)

「THE PUNCHDRUNK ENCYCLOPAEDIA」より

知覚的な快感の厚み

こういった五感で受け止める情報は解釈抜きに生み出される直接的・知覚的な快感といえます。

  • 各フロアで見たことのない光景が広がる

  • 迷っていると見たことのない場所に出る

  • 目の前に突然キャストが現れる

  • 歩いていると足下の感触が違う

  • 部屋にあるものを触ったり開けたりする etc.

これは物語を咀嚼し、自分の中での価値として位置付ける認知的な快感とはまた別の体験となります。

日本のイマーシブシアターではこの知覚的な刺激が限定的です。それは日本の努力が足りないのではなく、五感の知覚的刺激だけでは物語体験を生み出しにくいので、イマーシブシアターといえども認知的な物語体験に早く到達させるにはむしろ少ない方が好ましい場合も多いのです。
更に五感の刺激を実現するには広大な会場とそれに見合った美術設定、多数のキャストが必要になり、そこには膨大な予算を必要とします。『Sleep No More』には物語に到達するのが遅くなってもこの世界に入った驚きから体験してほしいという強い意志が感じられます。

沼へようこそ

これらの要素によって、参加者は館内を歩き回ってキャストを見つけるまでの過程自体が一つの体験となります。
一番残念だったことは、こういった世界を迷う楽しさに気づいた時には4回の公演が終わっていたことでした。回数限られていることもあってどうしてもキャストを探し、追いかけることが中心になってしまうのですね。どうしてもまず登場人物の行動から物語を理解しようとする癖が抜けていないのだと思います。

もちろん、4回程度ではキャストすらすべてを追いかけることはできません。さらに石川は残念ながら1 on 1も発生しませんでした。
まだまだ世界は広く、登場人物たちの物語は多く、さまざまな謎は眠っています。こうして、人は『Sleep No More』の沼にハマっていくのでしょう。

残念ながらニューヨークの公演は、今度こそ4月で終わりそうですが、有り難いことに上海での公演は続いています。

一部のモチーフに「白蛇伝」が取り入れられるなど、ニューヨーク版と違う点もあるようですが、日本から行くならこちらの方が圧倒的に近い(現時点では観光ビザが必要だという面倒くささはありますが)

私はいずれ上海にも行くでしょう。あの世界を再び彷徨うために。

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