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ARG『Perplex City』と『名探偵コナン・カード探偵団』

さて、以前の記事「『謎の日本人サトシ』とARG『Perplex City』」で、ドキュメンタリー『謎の日本人サトシ~世界が熱狂した人探しゲーム~』に登場した三原飛雄馬さんは当時の単なる参加者ではないと書きました。

そこから話を続けたいと思います。

ちょっと長いプロローグ

2020年のある日、TV番組制作会社から1通のメールが届きました。
2019年末に14年ぶりに解決したARG『Perplex City』の「サトシ」カードについてのドキュメンタリーを製作中というのです。

とはいえ、なぜ石川に連絡を?と疑問に思ったのですが、アメリカでもっと権威のあるARG情報サイト『ARGNet』のメインライターであるMichael Andersenさんを取材したところ、
「日本でARGの話を聞きたいならIshikawaに聞け」
と推薦してくださったらしいのです。

Michael Andersenさんとは直接の面識はないのですが、日本語オンリーの私のツイートに返事をくださったり、ときどきリツイートしていただいたりと、大変良くして頂いていました。しかし、まさかドキュメンタリー取材の推薦までいただけるとは!

で、制作会社の方からオンラインでヒアリングを受け、日本のARGの状況とか、『Perplex City』当時の様子とかをお伝えしたのですが、『Perplex City』当時、石川はARGのAの字も知らない時期で、もちろん『Perplex City』もリアルタイムでプレイしていないので、知識的なことは伝えられても、当時の空気を伝えるのは難しい。

しかしながら、ARGのドキュメンタリーをNHKで放送するなど今後二度とないかもしれないチャンスで、ぜひとも協力したい。
そのとき、私の頭の中には
「日本で『Perplex City』を語らせるならこの人しかいない!」
と一人の人間が思い浮かびました。三原飛雄馬さんです。

番組で紹介された肩書きにゲームクリエイターと併記されているように、三原さんは数々のゲーム制作にも関わっています。

NHK BSプレミアム『謎の日本人サトシ~世界が熱狂した人探しゲーム~』より

最近ですと、ボードゲーム『赤い扉と殺人鬼の鍵』や、マーダーミステリー『聖剣王殺』などを手がけています。

そして三原さんは石川などよりもはるか昔から日本にARGを紹介してきた功労者の一人です。

その三原さんが『Perplex City』に大きな影響を受けて制作したのが、トレーディングカードARG『名探偵コナン カード探偵団』という作品なのです。

『名探偵コナン・カード探偵団』とは?

『名探偵コナン・カード探偵団』は、メディアファクトリーから2008年4月に発売されたトレーディングカード型のARGです。
ゲームの概要については、当時のファミ通.comの記事が分かりやすいと思いますので、まずはこちらをご覧ください。

この記事を見れば分かるように、『Perplex City』と『名探偵コナン・カード探偵団』はいくつかの共通点をもっています。

  • それぞれのトレーディングカードが謎解きパズルになっていること

  • カードを解くことで得たポイントでランキングを競えること

  • カードを解いていくことでARGとしての大きな物語が見えてくること

ちなみに、同じタイミングで『名探偵コナン・カード探偵団』を取り上げた「ITmedia +D Games」は以下のようにとわざわざ明記してからインタビュー記事を載せています。

さて、ITmedia +D GamesではこのARGに参加することにした。「名探偵コナン・カード探偵団」内で行方不明になったとされる架空のゲーム開発者をインタビューしていたという設定だ。この記事はもちろんフィクションであり、実際にそんな開発者はいない。本来のARGではこの手のネタばらしをすることなく、さも当然のように掲載されるべきだが、まだ文化的に根付いていないARGのため、今回は記事的には独立させながらも、こうしてこの場で“おことわり”をすることにした。

このあたり、まだARGが認知されていない時代にどう取り上げるかの葛藤がメディア側にも窺えます。

話を戻しますが、『名探偵コナン・カード探偵団』が『Perplex City』からのインスパイアで生まれた事は、当時のWIRED英語版でも取り上げられました。

その上で、『名探偵コナン・カード探偵団』はメインとなる物語が「名探偵コナン」らしい形で制作されています。
特にメインミッションが『Perplex City』では賞金付の宝探しという構造だったのに対して、『名探偵コナン・カード探偵団』は原作がそうであるように、隠された過去の事件とその解決という純粋なミステリー仕立てで進んでいきます。

『名探偵コナン・カード探偵団』も、もう15年近く前の作品になりますので、あまり詳しい情報が残っていませんが、石川が分かる範囲でどのような内容だったのかを簡単に書いてみたいと思います。

『名探偵コナン・カード探偵団』の基本構成

まず、プレイヤーはゲームの基本となる「ガイドパック」を購入します。ガイドパックには以下のようなものが同封されています。

  • 事件カード 10枚

  • カードホルダー 1冊

  • 事件のてがかり 1式

  • 購入特典カード 1枚

  • 遊び方説明書 1部

ガイドパックの内容

また、カードは基本パックを買うことで追加購入できます。
1パック5枚入りで税抜300円。全100種類で、コモン32種、アンコモン24種、レア20種、SPレア12種、キラ12種という構成でした。

『名探偵コナン・カード探偵団』は基本的に以下のようなサイクルで物語が進んでいきます。

ゲームの流れ

それぞれのカードには、個別にカードIDがふられていて、スクラッチの状態で隠されています。
事件ナンバーが同じでも、カード単位でふられているIDは別物となっているため、カードを譲ったり売ったりしても、そのIDで再度探偵ポイントを入手することはできない仕組みです。

探偵ポイントに応じて、さまざまなメールが送られ、物語が進行していきます。
さらにそのメールを起点に、BBSやブログ、インディーバンドの公式サイトやバンドの曲データ、インタビュー記事など、さまざまなメディアに繋がっていきます。
これらのメディアは当時としてはかなり本格的に作り込んでいて、臨場感を高めていました。(現時点ではもう見ることができないのが残念です)

また小道具も凝っていて、例えば物語内で重要な手がかりの1つとなるイヤーカフは、シルバーアクセサリー屋で実際に作って謎まで仕込むこだわりだったそうです。

ゲーム内で重要な証拠品となるイヤーカフ

これらの情報を入手していくことで、個別のカードの謎だけでなく、このゲーム全体に広がる大きな事件が姿を現し、プレイヤーはその謎に挑んでいく訳です。

『名探偵コナン・カード探偵団』がよく出来ているのは、個々のカードをコレクションし、その謎を解いて探偵ポイントのランキングを上げて行くだけでも十分に楽しいということです。
ゲーム全体に隠された謎を気にしないでも、カード謎を解くだけでもランキングが上がっていって、全国のプレイヤーと競うことができる。
カードの謎解きだけでも購入した分の満足感をしっかりと得ることができるのです。

ゲーム開発者の失踪から始まるARG要素

では、ここで序盤のARG的な展開を紹介しましょう。
ファミ通.comの記事にあるように、トレーディングカードの謎を解いてポイントが増えていくと、さまざまなメールが届くのですが、序盤で以下のような不穏なメールが届きます。

カード探偵団ノプレイヤーニツゲル。
タダチニカードヲ破リステロ。
コレ以上カギマワルナ。
サモナクバ、コノメールガタダノ警告デハナイコトヲ諸君ラハ思イ知ルコトニナル。

ヤシャガラス

この投稿後に運営からお詫びのメールが届きます。

さきほど、カード探偵団の名を語った悪質なイタズラメールが全国の探偵団員に配信されるという事件が起こりました。
カード探偵団の世界を楽しんでいる皆様に心配をおかけしてしまい、まことに申し訳ございません。現在、このメールの発信元については調査中ですが、カードに描かれた米花町の未解決事件と何らかの関係があるようです。探偵団員の皆様もぜひこの謎について調査のご協力をよろしくお願いいたします。

つまり、『名探偵コナン・カード探偵団』というゲーム運営そのものの中で何か事件が起きているということです。
ゲームというフィクションのはずが、運営からのお詫びというノンフィクションの中にも何か事件を予感させる情報が流れてくる。
このように、フィクションとノンフィクションの境界を曖昧にするというのは、ARGでよく使われる手法です。

さらに、プレイヤーがランキングポイントをさらに上げていくと、「HEY-G」さん(いったい誰なんでしょうね?w)から、大きな事件の発端となる投稿が流れてきます。

投稿者:HEY-G
タレコミ情報のメーリングリスト機能を使って投稿させてもらうで
オレの投稿がみんなのアドレスに転送されるわけやな
カード探偵団の開発者が失踪したって噂、聞いたか? メルマガの編集後記でもいつも不安なコトを書いとったし、ハッカーみたいなヤツから妙なメールも届いたことがあったし、なんやら事件のニオイがするで……
きっと、このカード探偵団には、ゲーム以外の何かが隠されとるに違いない!
おもろなってきたで!
ほな、また新しい情報をつかんだらメールするわ

そう、ファミ通.comの記事にも登場していたゲーム制作者の安藤恵子さんが失踪したというのです。
この手法が面白いのは、まずゲームとは関係ない外部のwebサイトが使われたこと。
そして、そのサイトが「ファミ通.com」だったことです。

ARGで、一見物語と関係ない普通のwebサイトが作られることはよく行われる手法です。(物語内で登場するお店のサイトとか)
しかし、今回は「ファミ通.com」という、以前からある人気ゲーム情報サイトを使い、ゲーム制作者のインタビューという体裁を取っていることで、よりリアルな事件のような雰囲気を作り出すことに成功しているのです。

ラストまでの大まかな展開

このあとの展開については、石川も直接体験していないので情報として知っている範囲を駆け足で紹介したいと思います。

物語が進むにつれて、カードの裏面にさまざまな情報が書かれていることが分かってきます。

  • 「鴉は五人のなかにいる」という謎のメッセージ

  • ライブハウスでの古い集合写真とそこに写っているFLIPOUTというインディバンド

  • 「R事件」と呼ばれる事件の新聞記事 etc.

それらの情報は明らかにゲーム制作者の安藤恵子が意図的に仕込んでいるとしか思えないものでした。
そして、安藤恵子が10年前に「FLIP OUT」というインディーズバンドのマネージャーをやっていたことや、そのバンドのリーダー・エイジが行方不明になっていることが分かってきます。
ちなみに、上記のITmedia +D Gamesの安藤恵子のインタビュー記事に「昔バンドの手伝いをしていた」「チラシで謎解きプレゼントをした」と書かれていたことを覚えていますか?そういった情報ともつながって物語が進んでいきます。

多くの謎が解き明かされると、最後に『約束の場所』と呼ばれるライブハウスが発見されます。その場所こそがエイジが失踪した場所でした。
阿笠博士は「知り合いの探偵」と共にそこへ乗り込み、事件の真相が解明されます。

『名探偵コナン・カード探偵団』製作者の安藤恵子が狙ったこと、それはエイジ失踪事件の真相を暴くことでした。
エイジの恋人だった安藤恵子は10年前の失踪に疑問をもち、10年前の事件の情報を潜ませた『名探偵コナン・カード探偵団』を発売して話題になることで、エイジ失踪の鍵を握る人物が焦って行動を起こすと考えたのです。
そして、その目論見どおりエイジの失踪が実は殺人事件だったこと、そしてエイジ殺しの真犯人が明らかになります。

この真相解明編は、潜入した「知り合いの探偵」のマイクを通して聞こえる現場の音という体裁のラジオドラマになっており、20分を超える大ボリュームです。そして、真犯人によってピンチになった関係者を「知り合いの探偵」が救うお約束の展開も(笑)
こうしてすべての事件は解決し、『名探偵コナン・カード探偵団』の長い物語も終わりを迎えます。

今こそ新たなトレカARGを

『名探偵コナン・カード探偵団』のプレイヤー数は2万人くらいの規模だったようですが、エンディングまでたどり着いたのは数百人くらいではないかと言われています。
しかし、今のようにネットでARGの情報交換や検証サイトが積極的に行われていない時代に、それだけの人数がエンディングにたどり着いたのはすごいのかもしれません。

ちなみに『名探偵コナン・カード探偵団』は第2弾として「mission2 ~古の秘宝を探せ~」が2008年12月に発売されました。
説明書がDVDになっているなど、なかなか気合の入ったパッケージでしたが、1作目ほど売れなかったのか、残念ながらその後新作は作られることのないままです。

『名探偵コナン・カード探偵団 mission2 ~古の秘宝を探せ~』ガイドパックの内容

『名探偵コナン・カード探偵団』が発売された2008年は、前年の2007年SCRAPが「リアル脱出ゲーム」を始めたばかりで東京にも進出しておらず、今のように「謎解き」ブームなど影も形もない時代でした。
その時代に2万人の参加者というのは大ヒットだと思いますが、むしろ今の時代の方がより受け入れられる気がします。

直接の参考にならないかもしれませんが、昨年2021年にポケモンカードゲームが、『イーブイヒーローズ』という拡張パックに入っているカードを使った謎解き『ナゾトキポケカ』というキャンペーンを開催し、大盛況だったようです。

『Perplexcity』から『名探偵コナン・カード探偵団』が生まれ、昨年はポケモンカードゲームの『イーブイヒーローズ』で謎解きカードが作られた。そのDNAと可能性は受け継がれているように思います。
今こそ、本格的なトレーディングカード型ARGや謎解きの登場を期待したいものです。

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