見出し画像

ダイレクトドライブの誤解を解く

レコードプレイヤーの駆動方式には、発明の古い順にギヤドライブ・リム(アイドラー)ドライブ・ベルト(糸)ドライブ・ダイレクトドライブがあります。現在ではベルトドライブが主流ですが、ダイレクトドライブも細々と生産されています。

なぜ高性能・高音質・長寿命のダイレクトドライブは主流とならなかったのか、それはダイレクトドライブに対する誤解が「意図的に」広まったためだと考えています。

「ダイレクトドライブはコギング=回転ムラ・振動・ノイズが大きい」という誤解は、開発当初にオーディオ評論家の知識不足によって広められました。

ダイレクトドライブのモータは当初、ブラシレスDCモータで開発されました。この頃、DCモータといえば玩具用のマブチモータ。マブチモータは、カクカク回転する動作「コギング」が有名です。コギングとは、モータのマグネットによる磁力が、磁性体であるコアに対して円周で均一分布していない場合、回転時にコアがマグネットの位置に引っ張られる現象で、特に低速回転時、回転ムラとして発生します。

ダイレクトドライブは、プラッター(回転盤)を外してモータを回転させると、カクカク振動して動く場合があります。これは、無負荷の状態で過剰制御「ハンチング」となるためで(自転車の速度が極端に遅くなると、ハンドルがふらつく現象と似ている)、コギングではありません。これを評論家がコギングと間違えたことで、大きな誤解が生まれました(ちなみにSL1200mk2以降はプラッター自体がモータなので、ハンチングは起きません)。

DCモータのコギングは、マグネットによる磁力がコアに対して円周で均一分布していれば発生しません。よって円形マグネットを使用し、コアに対して斜めに着磁する、またはコアを斜めに傾けることで磁力をみなしで均一分布させるスキュー、円形マグネットの磁極数やコア数・コア形状の最適化、引っ張られる力を反力で相殺するコアの両極駆動でコギングを一掃しました。これはダイレクトドライブの開発当初からです。

なんということでしょう。ダイレクトドライブのDCモータはコギングを無くし、適正負荷であれば大変静かで安定した回転なのに、誤解されてしまったのです。

驚くことに、これを逆手に取ったのがメーカーです。実はコアの電磁力ムラやコイルの位相バランスで、周期性のあるトルクムラ=トルクリプルが発生します。メーカーはこれを「意図的に誤用」し、ちょうど到来したオーディオブームの波に乗って、ACサーボモータ、コアレスモータなど技術開発に勤しみ、トルクリプルの改善を「コギング改善」と主張して大宣伝し、販売合戦を繰り広げました。

大小はあれ、どんなモータでもトルクリプルは発生します。しかしダイレクトドライブのトルクリプルによる回転ムラは、周波数が0.5Hz(1周回)の十倍以上の単一波、かつベクトルが円周方向のため、そこそこのプラッター重量で簡単に排除できるのです。しかも音溝と同方向なのでノイズに変換されません。はじめから高性能だったので、技術開発によるモータの改善は、コストダウンに寄与しただけでした。

オーディオブームが下火になると、ダイレクトドライブモータ開発は終わります。モータのOEMも無くなったため、ほとんどのメーカーはベルトドライブのプレイヤーしか開発できなくなりました。

ベルトドライブのモータは、開発に費用がかけられないからやむなく使用するので、当たり前ですが性能が落ちます。ベルトドライブはベルトがモータの振動を吸収するといわれますが、ベルトはトルクがかかっている状態ではバネとなり、共振周波数より低い振動は吸収できません。トルクリプルに加え、ダイレクトドライブでは発生しないベルトの成形不均一やプーリー・プラッターの真円度、プーリーとプラッターの平行ずれによる振動は、ダイレクトドライブの5倍程度に達する回転ムラのみならず、0.5Hzより低い周波数からベルトの共振周波数まで、円周を叩きスピンドルに向かうエネルギーを生みます。このスペクトルが広い中心方向エネルギーは、そこそこのプラッター質量では排除出来ず、音溝に直交するため大きなノイズになります。外周型の場合、プラッターを非常に重くしてベルトとのスリップでエネルギーロスを作り、叩く力の何割かを熱に変換します。内周型の場合、プラッターを高域共振させてエネルギーを集中し、プラッターの内外分割やゴムマットでダンプします。それでも実測すると、ベルトドライブはダイレクトドライブより10〜20dB(3倍〜10倍)ノイズが多いことがわかります。

余談ですが、「スクラッチノイズが消えた!」等、プラッターの重い外周型が静かに聞こえるのは、スピンドルやプラッターの(低域共振というより)唸りにキャビネットやトーンアームベースの剛性が負けて、小信号がマスキングされ情報量が減るためです。外周型より内周型のベルトドライブが音が軽やかに聞こえるのは、ダンプしきれない高域共振の影響です。

「ダイレクトドライブは、モーターコイルからの誘導がノイズとなってカートリッジに飛び込みやすい。」と言われることがありますが、コイルはマグネットや鉄板に遮蔽されているため、コイル剥き出しのトランスやインダクションモーターより遥かに飛び込みが少ないです。

結局、いまレコードプレイヤーを売るためには、ダイレクトドライブに対する誤解を解かないほうが都合が良いのです。何十万円もして、中古レコードなら数百枚買える価格なのに、「そもそもピッチが保証されない。」、「ベルトや糸がやたら傷む」とか「摺動ロスが大きすぎて室温が低いと33回転まで上がらない」など、性能が全く価格に見合わないベルトドライブ商品の宣伝に惑わされないよう、そして未だに「コギングが」と言う評論家はかなりレベルが低いのでお気をつけて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?