コラム14:下北半島・夜のコップ酒と「あまちゃん」舟
旅が好きで18、9歳の頃から10年余り、年に数回一人旅をしていた時期があった。
だいたいの方向だけ決めて、あとはいきあたりばったりの旅だ。旅の目的は人によって違ってくるだろうが、その土地の食べ物と酒、未知の人との出会いが、私にとっての一番の目的になる。食べ物と酒はともかく、人とのふれあいとなると一人旅が断然有利だ。一人でいると寂しそうに見えるのか、結構話しかけてくる人がいる。その土地の事であったり、近くの穴場であったり、耳寄りな情報を得ることが出来るのだ。
何故そこに行くことになったのか、今となっては分からないが、20代のある夏、私は下北半島の下風呂温泉にいた。後に聞くところによると、本州最北端の温泉だそうだ。
その日、民宿は繁盛していたようで、相部屋だった。夕飯を終え二階の部屋に戻ると、相部屋の男はさっさと布団を敷いて、寝る準備をしている。 ――まいったなぁ。未だ寝る気になれないしなぁ・・・。
と窓から見える漁火をぼんやり眺めていると、下からくぐもった声が聞こえる。少し酒を飲めば寝る気が起きるかもしれない、と考えた私は下に降りていった。
下ではすでに、泊まり客と思われる初老の男性が、宿の女将相手にコップ酒を飲んでいた。結局私は、その人と、女将が奥に引っ込んだ後も11時過ぎまで飲むことになるのだが。
短パンで良く日に焼けたその人は、外資系の会社をリタイアした後、頻繁に一人旅を楽しんでいるとのことだった。年上の彼には失礼かもしれないが、自分と同じ匂いを感じた。酒を飲みながら彼とした話は、どれも目新しく楽しいものであった。そういった話の中に、岩手の小袖海岸の話が出た。その集落のAという民宿に泊まり、希望すればウニ漁に連れていってくれるというものだった。私が、次の日そこに向かったのは言うまでもない。
夕食の後ウニ漁の話をすると、ご主人は快く承諾してくれた。しかし、「3時に起きるので早めに寝るように」と言われると、お願いしたことを少し後悔した。
明朝? 暗いうちに起こされ、4時に舟に乗せられた。二人乗りの、手漕ぎの舟だ。通常は一人が櫓を漕ぎ、もう一人が箱眼鏡とタモ網でウニを採る。岸から100〜200m位のところで舟をとめ、タモ網の柄は4〜5mある。見物人である私はすることが無いので、写真を撮っていると、時々ウニとかアワビを投げてよこす。スライスしていない自然のままのアワビを舟の上でガリガリ囓ってもありがたみは無かったのだか、その気遣いに感謝した。
長時間前かがみで箱眼鏡を覗いて、右手でタモ網を操ることは、重労働だと思うのだが、8時に半鐘が鳴って帰港する時にも、ご主人は疲れた顔を見せなかった。
港(港と言うには申し訳ないほどの小さな船着き場だ)では女たちが待っていて、ウニはすぐに加工場に運ばれる。
朝食の後、宿の娘の運転で、昨日バスで来た道を久慈まで送ってもらった。
それから約三十年後。
NHKの「あまちゃん」という番組を見て驚いた。ドラマの舞台は“袖が浜”という名であったが、紛れもなくそこは「小袖海岸」であった。
テレビを見ながら私は、数十年前の旅に思いをはせていた。