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ワインコラム27:パブロフの犬になった話(後編)

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Ryoko☆Sakata

私を苦しめていた夏の陽もようやく西に傾き、薄暗くなってきた頃、石だらけの海岸から海沿いの道に立つことが出来た。
小泊に向かい暗くなった道を歩いて行く。
のどの渇きは相変わらずだった。
そんな時、前方に灯りが見えた。足早に近くまで行くと、テントの外に掲げられたカンテラの灯りだった。「やった! 工事関係の人かもしれない。水が飲める!」と思った私はテントを開けることを躊躇しなかった。

「すみません! 水を飲ませてもらえますか?」と私。
中には3人の若い男がいた。
皆驚いた顔で私を見ている。
やがて、1人が「何処からきたの?」
「龍飛崎(たっぴざき)からです」と私。
「どうやって?」
「歩いて」と私。
一様に驚いた様子だったが、とりあえず水を飲ませてもらった。

なんとそのテントは海上自衛隊のもので、彼らは訓練中だったのだ。
その夜はインスタントラーメンを頂き、簡易ベッドに泊めてもらった。
次の日の午前中にやっと小泊まで歩きついた。

数年後に考えた。旅をしていて、「自衛隊のテントに泊まる」という経験はほとんど無いと思う。遭難して救助された時ならいざしらず、普通の旅ではまずあり得ない。
それではあれは遭難だったのか?
遭難を辞書で引くと、「登山や航海などで命を失うような危険にあうこと」とある。
私の場合、確かに自衛隊の助けを借りたが、自衛隊に会わなくても命を失うような危険な状態にはならなかったと思う。多分。
よつん這いで水を飲んでいた時も、どこか楽観的な自分がいたのだ。
命の危険はなかったとしても、あの時の自衛隊の方々には感謝しています。

帰ってから地図で確かめた。龍飛崎から小泊まで約12km、私を苦しめた海岸は10kmほどであった。平坦な道ではなく、大きな石だらけの海岸の10kmだったので、疲労度は2倍、3倍以上かもしれない。

小泊に着いた日の午後、今度は津軽鉄道で五所川原へ向かう途中、異常な体験をした。
小さな駅に停車中、田に引き入れている水の音を聞いた。
その音を聞いたとたん、のどの渇きがよみがえってきた。
乗車前に十分な水分を摂っていたのだが、過酷な体験をした私の身体は、水音で飢えを思い出し、激しい渇きを覚えたのだった。まさにパブロフの犬と化していた。

その夜の、鯵ヶ沢の宿で飲んだビールは、コトノホカウマかった。

幸いなことに、犬になったのは1日だけだった。



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