これからのデジタル版ボードゲームの権利を考える

デジタル版の権利:ほとんどのボードゲームデザイナー(とパブリッシャー)が契約の際に十分に検討していないもので、本来検討すべきであるもの。

https://twitter.com/wisegoldfish/status/1583530995613302784

というMatthew Dunstan氏のTweetを見た。今更言うまでもないことではあるが、Matthew Dunstan氏は2013年にDoWのRelic Runners (2013)でデビューしたゲームデザイナーで、初期の作品としてはElysium (2015)やCosta Rica (2016)、最近の作品ではSpy Connection (2021)やMy Shelfie (2022), The Guild of Merchant Explorers (2022)あたりが有名だろうか。
それはさておき、ここからはじまる一連のスレッドが大変に興味深く、意義のあるトピックであると感じたので、以下に訳出する。翻訳紹介を快く承諾してくださったMatthew Dustan氏に感謝。ただし以下の意見は氏の個人的な意見であり、かつ議論の出発点とでも言うべきものである点については御留意いただきたい。今後さらに議論が深まることを期待している。また、翻訳は必ずしも原文に忠実ではないので(大意を捉えた上で読みやすくなるように、と思ってはいるがどこまでできているかは甚だ心許ない)、興味がある方は上記のTweetからご自身でスレッドを辿っていただきたい。
これも書くまでもないことではあるが、以下の文章で“ボードゲーム”としているものは広義のボードゲームであって、カードゲームやダイスゲームその他を含んでいる。

これまでは、契約においてデジタル版の権利が言及されることは少なく、ロイヤリティの具体的な数値や支払いのスケジュールについて詳細が書かれることはほとんどありませんでした。Cardboard Edisonの調査においてもロイヤリティが決まっているケースは37%に留まっています。
ボードゲームのデジタル版が出ることはほとんどなかったため、現実的にはこれで十分でした。デジタル版は多くの場合(スマホ)アプリだったために開発コストが高く、一部の特に人気の高いボードゲームに限られていたからです。
(スマホ)アプリの場合、実際のボードゲームと同様のロイヤリティ(5-8%)であることは、完全ではないにしろ理解できるものでした。アプリ版には相当のコストが掛かりますし、多くの場合別のデベロップ会社を介することになるからです。
そうしたわけで、私自身はこれまでこの件についてあまりきにかけていませんでした。もしゲームがヒットしてデジタル版がリリースされることになったら、そこから多少でも配分があればありがたいだろう、くらいの考えしかありませんでした(そもそもそれがまず起こり得ないことであったわけで)。
エッセンでブルーノ・カタラ氏と大変有意義な会話をしたことで、こうした考えは変わりました。デジタル版のロイヤリティに対するBoard Game Arena(以下BGA)の影響について教えてくれたのです。そしてこれについてもっと考えるべきだ、とも。(ありがとう、ブルーノ!)
彼が教えてくれたように、BGAはデジタル化のモデルを変えて状況を一変させました。これまでのアプリによる買い切りモデルに対する、ペイ・パー・プレイモデルであり、DVDショップに対するNetflixと同様のものだと言えるでしょう。これに伴って我々デザイナーの考えも変わらなくてはならないのです。
基本的に、BGAのプレミアムゲームは、有料会員が一人以上参加していないと遊べません(有料会員は無料会員を招待することができます)。そしてBGAは一定の期間内にゲームが遊ばれた回数に従ってパブリッシャーにロイヤリティを支払っています。
実際にBGAとパブリッシャーの間でのロイヤリティの詳細については知らないのですが、ゲームは相当な回数遊ばれています。ブルーノ・カタラとテオ・リビエラによる素晴らしいゲーム『Sea Salt & Paper』(Studio Bombyx)の最近のデータを見ると、既に50000回も遊ばれているのです!
ほんの数週間前のエッセンシュピールでリリースされたばかりのゲームだというのに!私自身のゲームでいうと、『Next Station: London』は、実際のゲームがリリースされるよりも前に既にBGAではたくさん遊ばれてました(毎日のソロチャレンジもあって、これはデジタル版の大きな魅力です)
BGAのプレミアムゲームがパブリッシャーに相当の額のロイヤリティをもたらすことは十分にありえることで、もちろん我々デザイナーにも相応の取り分があるべきではないでしょうか。これは(私も含めた!)我々がこれからの契約において考えなければいけない重要な点といえます。
ビジネスモデルが違えばロイヤリティの比率も変わるべきです。BGAにゲームを登録する際にはパブリッシャーに初期コストがかかりますが、そのコストが回収された後は(私の知る限り)パブリッシャーには維持コストはほとんどないはずです。
ですから、通常のデザイナーに対するロイヤリティ(5-8%)よりも、デザイナーの取り分が増えるべきではないでしょうか。理想的にはデザイナーとパブリッシャーで5:5ですが、少なくとも4:6以上で(パブリッシャーにも多少の維持コストがあるでしょうから)
私の経験では、パブリッシャーはこの手の問題について極めて公正で異なる状況に対しても理解を示してくれます。一方で私の現在の契約は、パンデミック前でBGAが爆発的に拡大する前のものがほとんどなので、こうしたデジタル化の権利は適切にカバーされていません。
私としては、新人であれベテランであれ、すべてのボードゲームデザイナーに契約の際にチェックすべき項目を増やすことをお勧めします。
デジタル版の権利について、それも可能であればペイ・パー・プレイと買い切りのアプリで分けた条項を。
BGAにあるゲームについては、初期コストが回収された後はロイヤリティを半分ずつ分けることを主張しても良いのではないでしょうか。もちろん最終的な比率はパブリッシャーとの交渉の結果次第ですが、出発点としては悪くないと思います。
もし古い契約があるなら、連絡してデジタル版の権利について改定ができるか相談するのも良いでしょう。BGAにまだ登録されていないゲームであっても、予め対処しておく方がずっとスムーズに進めることができます!
最後に、パブリッシャーにBGAにゲームを登録する気があるかどうか確かめることをお勧めします。私の経験からすると概ね良いことでしたし、BGAはゲームに注目を集めるまったく新しい道筋になるのではないかと思っています。
パブリッシャーや他のデザイナーの経験や考えを是非お聞かせいただきたいです。私たちは互いに多くのことを学べると思っています。特にパブリッシャーからより詳しい情報を教えていただけるとありがたいです。当然のことながら、私はそちらの事情にはわからないことも多いので。
もし質問があればDMに送ってください。このスレッドがあなたの役に立てばよいのですが……これからもっと考えなくてはいけない問題だと思っています!

要約すると、「デジタル版の権利についてはこれまであまり問題になっていなかった」「BGAによるペイ・パー・プレイモデルの登場により、新たなビジネスモデルが生まれている」「これについて、パブリッシャーとデザイナーはもっとしっかり考えるべきではないか?」ということになるでしょうか。

一方でこれに対して、Alderac Entertainment Group (AGE)のCEOであるJohn Zinser氏は、

我々はクリエイターフレンドリーな会社を目指しているしそうであると思っているが、BGAやこれに類するプラットフォームについてどうなるかは予想できていない。これから数年間はボードゲームパブリッシャーにとって難しい時期になるだろう。

https://twitter.com/johnzinser/status/1583664944439971840

とした上で、「過去10年はボードゲームの黄金期だったが、今は9ヶ月前に比べても厳しい」「これが一時的なものなのか、反動なのか、ニュー・ノーマルなのか、私もわからない」と書いています。
実際にボードゲーム・バブルは20年前から言われながらも拡大路線が継続していたわけですが、コロナ禍をきっかけに、製造・輸送コストの増大、世界的な生活費の高騰、さらには対面でのゲーム機会の減少によるデジタル版への以降が逆風となっていることは否定できないでしょう。ユーザーのライフスタイルの変化もありますが、特に中小パブリッシャーにとっては厳しい状況が今後しばらくは続く中で、デジタル版ボードゲームにどう向き合うかは将来の課題というよりは今取り組むべきの問題なのかもしれません。

一方でイギリスの新興ゲームパブリッシャーDranda Gamesの設立者(の一人)、Simon Bilburn氏は、デジタル版のロイヤリティはローカライズ版のサブライセンス契約のロイヤリティと同様に扱うべきではないのか?(半々である合理性はないのではないか?)という指摘をしていて、これはこれで一定の理があるように思えます。現状海外ローカライズのサブライセンスについてはデザイナーのロイヤリティは20-50%程度のようで(先述のCardboard Edisonの調査を参照)、これもデジタル版を含めて整理する必要があるのでしょう。デジタル版(BGA版)を「デジタルプラットフォームへのローカライズ」と捉えるのはちょっと面白いと思うのですが、初期投資コストは同列に扱えないしそこまで単純化するべきではない気もしますが。

ここからは私個人の感想なのですが……
面白い。これってNetflix対DVDストア、というよりも、Spotify対CDショップ、だと思うんですよね。というかSpotifyとミュージシャンの関係性の問題に近いのではないでしょうか。日本でも最近話題になりつつありますが、Spotifyを始めとする音楽ストリーミングサービスがミュージシャンに十分に還元していない、という批判は昔からあって、プラットフォームとレコード会社の取り分の比率、レコード会社の取り分の中でミュージシャンに還元される比率、についてはいろいろと議論があります。また、ロイヤリティは「配信された回数(の比率)」によって決まる(そういう意味でペイ・パー・プレイという表現は正確ではない気はしますが)のですが、この計算方法も不透明ですし、配信回数自体がプラットフォーム側の采配で決まる(広告料を払うことでトップページやレコメンドに出る回数が上昇してその結果配信回数が増えるわけです)あたりの問題も取り沙汰されています。ボードゲームは音楽よりも市場規模がはるかに小さいのでどこまで比較可能なのかはわかりませんが、現状Spotifyを始めとする音楽配信サービスが、必ずしもクリエイターフレンドリーとは言えない(特にインディークリエイターにとって)というのは事実であって、こうした状況に陥らないように、デザイナー、パブリッシャー、ユーザーが皆で考えてより良いコミュニティを目指すべきではないかと思うわけです。

……と書きましたが、これは意図的なミスリードで、この問題にはもう一人のプレイヤーがいるわけです。そう、BGAというプラットフォーマーです。音楽業界との比較で言うならば、BGAとデザイナーの問題としてまずは考えるべきなのではないでしょうか。そして、現状こうしたオンラインボードゲームプラットフォームはBGAの独擅場であること、そしてこのプラットフォームがAsmodeeの傘下にあること、は無視できないポイントです。どれほどデザイナーとパブリッシャーがロイヤリティの分配を議論しても、そもそものロイヤリティを支払うBGA側が暴走したら止められないわけです。そしてBGAが恣意的な配分をしたらどうなるか?恣意的でないにせよ、例えばAsmodeeの関連会社の新作ばかりがトップページに並ぶような状況になったらどうなるか?これは悪意のある推測ではありますが、BGAの存在感が増せば増すほど、BGAがどうあるべきかユーザーが考える必要性も増すのではないでしょうか。音楽業界でさえ配信サービスは寡占状態(Spotifyが市場の3割強を占めている)なわけで、より小規模なボードゲーム業界においてBGAの対抗馬が登場する可能性は低いように思います(とかいってクラウドファンディングにおいて独占状態だったKickStarterの対抗馬が立て続けに2つも登場したわけですけど)。ユーザーによる監視、と言うと言葉が悪いですが、プラットフォーマー(=BGA)の動向についてユーザーも注視し考えていくべきではないかと思います。

それとは別に、例えばパブリッシャーとデザイナーの間の契約が解消した(実際のボードゲームが絶版になった)時にBGA版がどうなるのか、みたいなところも気になります。ユーザーとしては過去の絶版ゲームもBGAで遊べると嬉しいですが、契約上はなかなか難しそうです(パブリッシャーを介した契約をスムーズにデザイナーに移行できるといいですけど、その場合でもアートワークをそのまま使う訳にはいかないでしょうからまたいろいろと手間が……)。翻訳に関してもデジタル版向けにBGAが翻訳権を取得して、コミュニティベースでやっているのではないか、と思いますが、実際に誰がどのように貢献しているのか、気になるところです。参加されている方、是非教えてください。この辺りも、日本語版が出ているゲームであればローカライザーと協力できるといいと思うんですけどね(逆に協力できないと翻訳権絡みで色々気になってしまう……)。

と言いながら、実は私はBGAを使ったことがないので、これを機に参加してみようかな、と思っています。今ちょっと忙しいので少し先になりそうではありますが、年内BGAデビューを目指したいところ。折角の変革期なのだから、体験してみたいですしね。

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