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大人の迷子はそれでも自分の足で前に進むしかない。

新幹線の自由席はわりと混んでいた。
3列席の真ん中の席を確保して、ここ数日の自分の行動を振り返ったら、ちょっと情けない気持ちになった。39歳の大人が、引っ越し先の部屋についてうだうだ悩んで彼氏に泣きながら電話するとは…。


「何やってんだろ…」


荷物を置いて彼にメールした。前日の事を謝って、


“今、大阪に向かってる。やっぱり徒歩圏内の物件見に行くわ。”

と送ったら、

“最高!行動起こすって素敵や!”

とすぐに返信がきた。

この時、「あぁ…自分のダメな部分をちゃんと見せられる人にやっと出会えたんだな。良かったな…」と思ったし、やっぱりこの人の近くに居なきゃだめだなとも思った。


新幹線に乗っている間に不動産屋と連絡を取って、最寄りの駅で待ち合わせ、彼の家から徒歩で行き来できる物件を内見することになった。約束の時間より少し早く着いたけど、最寄りの駅の指示された場所にはすでに教えられてたナンバーの車があった。
不動産屋の担当者は松鳥さんという爽やかな50代の男性。松鳥さんはこれまでやりとりした不動産屋の感じとは違った。


物件を見る時に必ず聞かれるお仕事状況。
大阪で複数の不動産屋とやり取りしたけど、皆同じ反応。客が無職とわかるとそろって顔が曇る。
まぁ当り前だし、こちらもわかってはいるけど、なんか傷つく。部屋を借りたいのに、なぜかこちらが申し訳ない気持ちにさせられる。そのやり取りを数回経験すると、今回も敬遠されるのだろうなと覚悟していた。
でも私の今の状況を話すと、松鳥さんはこちらのテンションを下げるようなことは一切なく、物件に向かう車内のその時の対応で、一瞬で緊張がとけて安心したのをよく覚えている。

その物件は彼と車で何度も通った大通りを少し入った場所にあった。
彼の家への道順や距離感もすぐにわかるくらいだった。建物のエントランスで、「どうか良い部屋でありますように…」と願っている自分が居た。

部屋に入った瞬間、イヤな感じはしなかった。
これはすごく大事で、建物自体や部屋に漂う “気” が合わないといくら良い間取りでも住みたいとは思えない。
内階段を上がって3階、最上階の部屋で、広さは今住んでる部屋と同じくらい。バルコニーは狭いけど、南東向きで日当たりは良さそうだった。バルコニーと反対側のキッチンにも小さな窓があるので、風通しもよい。マイナスポイントも多少あったけどそれを妥協できるくらいのプラスポイントもあった。
松鳥さんに間取り図のコピーをもらってTV線やコンセントの位置を書き込んでいたら、

“お部屋の寸法、測りたかったら言うてください。メジャーもありますし、お手伝いしますよ。”

と言ってくれて、部屋の隅々まで寸法を測って教えてくれたからとても助かった。家具の配置やレイアウトを引っ越しまでにイメージできるし、新しい家具が必要になってもスペースに合うかどうかわかる。他にも、私が気になった大家さんのことや、同じ階の別の部屋の住人のこともこっそり教えてくれた。まだ住むかどうかも決めていないのに、備え付けのWi-Fiの接続の仕方まで一緒にやってくれた。割と長い時間しっかり内見したあと、

“もし気に入って頂けたらまた連絡してください。”

とだけ言って、用意してくれていた概算の見積書をくれた。
普通、内見が終わると有無を言わさず事務所まで連れていかれ、そこで内見した物件の感想を聞かれ、“良さそう”となると、とりあえず部屋止めを勧められ、申込書を書かされるのがお決まりの流れ。でもその日、松鳥さんとは現地で解散した。今までの不動産屋さんとのやり取りからすると物足りないくらい、あっさりとした内見だったけど、気持ちは霧が晴れたみたいにとてもスッキリしていた。このタイミングで自分が見つけたこの物件を、松鳥さんが案内してくれた事はとても意味のあることだった気がする。

その日の夕方に入居日の確定を催促されていた別の物件を適当な理由をつけてキャンセルし、翌日、松鳥さんに、案内してもらった物件に是非入居したいと申し出た。


いろんな事が自分の精神や行動を左右して、大の大人が精神的迷子になっても、結局は自分で解決しなきゃならない。それがしんどいこともあるけど、自分で進む道を選ぶ自由も大人にはある。

約1ヶ月半の間に物件探しのために使ったお金や時間は決して少なくない。でも、移住に関してはこれでようやく一歩前進した。引っ越し屋の手配も終わって荷造りをはじめている。面倒な諸々の手続きも一つずつ進めている。
今は3週間後から始まる、新居と彼の家を行き来する生活が少し楽しみに思えるようになったから、精神的迷子からは一旦抜け出せた。
彼も、自分の望むような結果になって喜んでいる。とりあえず今は無事に引っ越しを終えられますように…。