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3つの願い

 ある朝目が覚めると、枕元にテレビでいつも怪談を喋っている男にそっくりの男が立っていた。
「もっと早起きしなくちゃー、短い人生なんだから」
「うわ、なんですか。寝起きドッキリ?人違いですよ。僕タレントじゃないし」
「いや、私は神様。急には信じられないと思うけど」
 とりあえず、強盗とかそんな類じゃないらしい。そういえば、どこでも見たことのないような生地のドレスを着ているし、足元を見たら、少し浮いている。よく見ると、体もちょっと透けている感じだ。安アパートだが戸締りだけは毎晩しっかりするし、誰も入れるはずないよなあ、と寝起きの頭で考えた。
「確かに普通では考えられないですね。言ってることも変だし着てるものも変だ」
「普段は短パンにポロシャツだけどね。こういう格好とか、体浮かせたりとか、お告げをするときだけ特別にやってる。神様っぽくしないと、誰も信じてくれないから」
 それからひとしきり、神様がどういうものであるかについて聞かされた。というか、僕たちのいわゆる神様像がいかに勝手なものか、神様と幽霊をみんなごっちゃにしている、とかいう話だった。
 彼らは人の目には見えないが、それこそポロシャツを着たりスーツを着たりして、ごく普通にその辺でうろうろしているという。老若男女いるのも人間と同じで、神としてひとりで受け持つ人間は50人程度。それなら地球上で1億神ぐらい必要な計算になる。
「本当はそれぐらい必要だけどね。完璧人手不足。神手不足か正しくは。でも遠くから眺めているだけじゃ人間の生活ぶりなんて、わかるわけないじゃん。現場の声は現場で聞けって、上から指導があるわけ。上を見ても下を見ても、世界がいっぱいあるのよ」
「神様がいちばん偉いんじゃなくて、神様を指導する神様がいるってことですか?」
 彼は若干うんざりした顔をして言った。
「そんな感じかな。上も下も、世界が無限にあるのよ。無限というのが人間には理解しにくいところだけどね」
 生活密着でみんなを見守り、受け持ちの50人?の運命を司っているのだという。気が向いたら気に入った人に「お告げ」をしたりする。で、たまに普段から神様が見える人がいて、幽霊だっていう話になるという。下の世界にいるのも神様なのだが見た目が怖いので、幽霊と言われてもムリもないけどね、と神様は言っていた。それから運命も短期的に見れば本人にとって大変でも、長い目で見るとその人の次の世代とか、そのまた次でいろんな結果が出るようになっているとのこと。逆にいまがよくても、その後何世代にも渡って不幸が続くこともあるらしい。
「僕のどこを気に入ってくれたんですか?」
 神様は質問を無視して続けた。
「燃えるゴミの日に燃えないゴミを出したのが5回、赤信号を無視したのが3回、酔っ払って立ち小便をしたのが2回」
「うわ、どうして知ってるんですか・・・まさか今日は罰を与えに?」
「心配するなって。立ち小便が軽犯罪なのもどうせ人間どうしの約束ごとじゃん。神様には関係ないわけ。いかに現場のことを把握しているか言ってみただけだよ。それにしても俺に似たタレントが、相当みんなを怖がらせてるようだね。最近何を言ってもキミみたいにビビられるよ」
確かに僕の行動も、人間界のテレビもよく見ていることは分かった。
「で、そろそろ会社行かなきゃいけないんですけど」
「大丈夫。俺がさっき連絡しといたから。急病で行けないって。だってその後の人生左右しちゃう話しに来たのにさ。聞いたほうがいいと思うけど」
神様は、これからがやっと本題だよと言って、僕に3つのお願いをしなさいという。やること為すことぱっとしないこれまでの僕だったが、神様の目には、それが逆に好評価らしい。
「神様的にはね、キミみたいなキャラは結構好きなのよ。何にも取り柄がないって最高よ。それでも生きていけるって、俺たち神様が見守っているっていういい証拠でしょ」
 喜ばせようとして落ち込ませる人ってよくいるけど、神様にもそんな扱いをされるとは驚いた。おまけに「ナニナニ的」ってくだけた話し方、「現場」が長い証拠なのか、やっぱりインチキなのか…。
「なにイヤな顔してるのよ。いいから言ってごらん、願い事。叶っちゃうんだよ」
 今日ぐらい無断欠勤でもいいか。この人が本物の神であろうとなかろうと、いろんな意味で二度とできない経験をしているのは確かだ。
「まずお金をいっぱいください」
 彼は眉をしかめ、しばらく窓の外を見て、頭を掻いてから言った。
「…なんで人間は二言目にはお金って言うんだろうねぇ。知ってる?お金だけポンと与えられた人がどれだけ不幸になっているか」
 宝くじに当たった人のその後とか、よく聞くけど。でもたまたま上手く行かなかった人の話だけ、やっかみで取り上げてるんじゃないのかなあ。
「いや、お金に見合う何かがその人にないと、必ず他人にお金を巻き上げられるようになってるの。俺たちのせいじゃないよ。人間がそういう性質を持ってるの」
 まあいいか。じゃあお金を稼げる仕事をお願いすればいいのかな。どんな仕事がいいのか思いつかなかったので、適当に言ってみた。
「それじゃ社長にしてください」
「まあ、いいよ。簡単。あと2個あるよ。どうする?」
ちょっと拍子抜けしたが、調子に乗って続けてみた。
「社長で思い出したんですけど、会社でちょっとしたプロジェクトを任せられるようになりまして、それの成功と、独身だしやっぱり優しくてキレイな奥さんが欲しいなぁ」
「まともなのは2個目のぐらいだけど、いいよ、ぜんぜん大丈夫。ただしね、それがほんとに心からの願いじゃないと、すぐに叶ったものも消えるよ。おまけに俺が来た記憶も消える」
「えー、じゃ写真撮っときましょうよ。忘れないように」
これでこの人が変質者だったとしても証拠が残せるぞ。
「アホか、写るわけないじゃん。いまは特別に見えるようにしてるだけだって言ったろ。たまに聞くでしょ、枕元に観音様が現れたとか、光を見たとか、天から声が聞こえたとか。みんな俺たちだから」
「あ、そうなんですか」
「人間とはよく話もするし、こういうことは数限りなくやってんのよ、俺たち。キミだけが特別じゃない。でも、残念ながらほとんどの人は覚えてないよね。願い事が叶わなかったら記憶を消されちゃうから。ま、頑張って。応援してるよ」
 そういうと、神様は目の前からフェードアウトした。掛け声とかタメとかポーズとか無しに、すっと消えた。あれ、もう11時か。やっぱり、起き掛けに変な夢でも見たのかなぁ。そう思っていると、携帯が鳴った。同じ課の美佐子ちゃんだ。遅刻にしては遅すぎるって叱られるのかな。だいぶ年下のメガネっ娘だけど、世話焼きばあさんみたい。
「おなかが痛いから休みますなんて、子供みたいな欠勤の電話したんですよね?本当なんですか?仕事の都合もあるので、ちょっと確認したいと思いまして」
「あ…うん、本当。まだ痛いかも。でも明日は出社できると思うよ。じゃあね」
 もちろんお腹は痛くないし、電話した覚えもない。きっと神様の仕業だ。さっきのはやっぱり夢じゃないんだ…。
 神様が現れてすぐ消えて、2カ月過ぎた。僕の生活はなにも変わらないけど、あれ以来街を歩いていて笑っちゃうことが増えた。単独行動をしている人を見ると、もしかしたら神様が姿を見せているのかな、と思ってしまう。公園でひとりですわっているおじいちゃんとか、人間なのか神様なのか、声をかけて確かめたくなる。
 もちろん、テレビであのタレントが恐ろしい顔で話してるのを見ても可笑しくなるし、それを苦々しい顔でどこかで見ているそっくりさんがいることも、僕だけが知っている笑っちゃう話だ。
 だからいつもニコニコしてるねって言われるようになった。美佐子ちゃんだけかな、最近体調大丈夫ですか?って、心配してくれるの。なんだろう、勘がちょっと鋭いんだよね、彼女。
 それからさらに3カ月が過ぎたけど、ほんとかな。ときどき頬をつねってみるけど、この忙しさはやっぱり現実なんだよね。
例のプロジェクトから世に送り出した商品が、発売以来全国で大ヒット。工場もフル稼働で、僕は全国を飛び回って生産が間に合わないお詫びとか、マスコミ対応とか、いろんなことに借り出されているわけ。おまけにただのプロジェクトから正式な部になるってことで、異例のことだけど僕が部長になっちゃった。
 それからさらに半年が過ぎて、もっとびっくりするようなことが起きた。ウチの会社が調子いいもんで、国税がさっそくマークの対象にしたらしい。そしたらちょうど誰かがタレこんで、社長以下、役員全員が組織ぐるみで脱税してたのがバレちゃった。最近始まったことじゃなくて、もう何年もしていたらしい。マスコミも大騒ぎで、結局、みんな会社をやめることになっちゃった。誰が密告したのか社内じゃいろんなウワサが飛び交ったけど、分からずじまいだった。
 で、つぎの社長どうするんだって話になって、そこで白羽の矢が当たったのが僕。臨時の株主総会が開かれて、この状況のなかで、つなぎ役でもいいから社長としてふさわしいのは、いまではヒット男といわれている僕だと。みんなどうかしてるよ。何事も、もっとよく考えたほうがいいと思うけどね。でもあれやこれやで、社長になっちゃった。いつもニコニコして愛想いいしね、だってさ。
 それからはさらに忙しくなった。夜の付き合いも多くなって、銀座のクラブとかも出入りするようになった。そこで出会ったのが美姫ちゃん。まだ20代前半なんだって。しっかりしてるし、気が利いてるって言うか、経営者である僕のいまの悩みとか不安とか分かってくれるし、話をしてると心が休まるし、なんだか知らないけど、出会って2ヶ月後には、結婚しようって話になっちゃった。ま、僕が言うのもあれですけどね、美人なんだよね。銀座でもNo.1じゃないかって評判なんだ。
 僕がマスコミに注目されていて面倒だから、こっそり入籍して一緒に生活することになった。密かに新婚旅行だけは行くことにした。そろそろちょっと休みたかったしね。会社には視察もあるとか適当な理由を言って、10日間だけ休暇をくれるようにお願いした。まあ現在の業績の功労者なわけで、意外とすんなり認めてくれた。ヨーロッパ行きの飛行機の中で僕は、神様にお礼を言った。いまどこにいるかわからないけど、神様、ありがとうございます。ほんとに、本当に願いを聞いてくださったんですね。結局、全部神様の言う通りになりました。それこそ天にも昇る気持ちで、僕は神様に話しかけていた。
 天国ってのは、別に雲の上まで行かなくたってここにある。旅行中、ずっとそんなことを考えていた。素晴らしい景色を見て、一流のホテルに泊まり、イタリアではイタリアの、フランスではフランスの三ツ星レストランで舌鼓を打ち、美姫ちゃんはブランド品の買い物を存分に楽しんだ。ちょっと買いすぎ?と思ったが、まだ社長としての金銭感覚に慣れていないせいだろう。彼女が「素敵。私、本当に幸せ」と言ってくれるから、僕もそれで満足だった。
 帰国すると、なぜか空港にマスコミが待っていた。数社だけだったが、あの恐ろしいB春もいた。有名人になると、楽しいことをしているだけで世間の敵だ。じきに、「飛び級若社長、実は結婚していた」って記事が出た。まあいつか公表しようとは思っていたから、その手間が省けたとするか。でも誰がバラしたのかな。
 それから24時間家に張り込みが付くし、世間の目というヤツのせいですごくフラストレーションが溜まるようになった。こんなとき美姫ちゃんに慰めてほしいのに、夜遅くまで家にいない。外泊するときもある。張り込みのせいだな。銀座のお店も辞めたはずだけど、もしかしたらヘルプで行ってるのかな?
 仕方がないから仕事を頑張ることにした。僕はあのヒット商品の今後を考え、海外展開を急ぐよう社内に指示した。いろんな社外の人と会い、新しいコラボレーションができないか模索した。
 ところが、そうやって海外展開を進めているうちに、会社のその部署だけが独立して海外に事務所を持つようになってしまった。まだプロジェクトだった頃の仲間もたくさんいるのに、どうして裏切るの?権利関係も、どこでどう処理したのか、日本以外でウチの会社は何一つ手出しできない契約がいつの間にか結ばれていた。
 それからコラボレーションしようとしていた一社が突然倒産して、一緒に新規事業を準備していたウチの会社も被害を被った。結構な数字での損害があった。
 定期株主総会が開かれた。マスコミで取り上げられた僕の派手な生活(主に美姫ちゃんが派手なだけなんだけどね)、海外展開の失敗、コラボレーション先の倒産による損失など、僕の糾弾大会になった。ガクガク震える足で壇上に上がり、必死にお詫びと今後の巻き返しを約束した。それでとりあえずしのいだはずだった。
 そしたら社長解任の動議が出された。賛成多数で、あっけなく僕は社長の座から引きずり落とされた。就任してから1年も経っていなかった。
 新社長の発表が行われ、それも賛成多数で承認された。僕より5つ年次が上の、篠原さんという人が社長になった。どうも、すべては彼のシナリオ通りに動いていたようだ。この株主総会を取り仕切っていたのも、実質彼だった。
 あとで聞いた話だが、彼はこの会社の創業者の孫なのだそうだ。初代が会社の派閥争いで会社を追われ、失意の内に亡くなったのを彼の親から子守唄替わりに聞いて育ったそうだ。
 母方の親戚と養子縁組をして苗字を変え、大学を出ると何食わぬ顔で会社に入り込み、会社を取り戻す機会を虎視眈々と狙っていたそうだ。そもそも元経営陣が脱税に手を染めたのも、彼と裏でつながっていた税理士が手引をしたらしい。税理士もその後雲隠れしたから、確かなことはわからない。
そして篠原さんは僕のプロジェクトがヒットしたのを千載一遇のチャンスとして、一連のアクションを起こしたのだ。僕はただ、仕事をしてたまたま社長になっただけ。彼はずっと社内の味方と敵とを選別し、懐柔するべきは一緒に飲んで仲良くなり、反目したものには時間をかけて復讐した。執念と行動力が違う。もう会社には彼のイエスマンしかいないだろう。僕は取締役として会社に残ることもできたみたいだけど、とても疲れていたし、社長を馘首になったのと同時に会社を辞めた。
 それから、美姫ちゃんだ。
久しぶりに美姫ちゃんが目の前にいて、話があるというから何かと思えば、離婚して欲しいという。何それ?これからゆっくり一緒に人生を考えようと思っていたのに。
「社長じゃないあなたに用はないの。早くこれに印鑑を押して」
 最後は本当に紙切れ一枚なんだと思い、変なところで感心した。会社を辞める時に結構な退職金をもらった気がするのだが、それも財産分与だなんだでドサクサに紛れて大半が美姫ちゃんに奪われてしまった。新居として借りていた部屋も引き払った。もとの安アパートに戻った。
 さすがに、人生って何なんだと放心状態になった。誰もいない部屋で、夕刻の太陽が引いた斜めの直線を、壁の端から端まで繰り返し往復して眺めていた。
「さて、願いが叶ってどうだった?」気がつくと、目の前に神様が立っていた。
「神様、取り柄のない人間の願いが叶うと、その後の反動がきついです。僕はすべてを失ってしまいました。心からの願いじゃなかったみたいです」素直な心情を打ち明けた。
「自分で自分の人生を評価するのは間違いだ。事の良し悪しは長い目で見なければわからないと言ったよね。それにまだ俺を覚えているじゃん」
「評価も何も、こんなときに平気でいられるなら、社長どころか人類の代表選手になれますよ。強いマインド選手権のチャンピオンだ」
「わかった。いいか、俺よりも3階層ぐらい上の神様しか全体を見られないような大きな絵があると思ってよ。のどかな田園風景が広がる印象派の絵かもしれないし、ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングかもしれない」
 印象派やポロックも知ってるなんて本当に現世通だ。しかし何の話をしようとしているのだろう。
「その絵の具の、色のひとしずくがひとりの人間だ。木陰の部分の絵の具は暗い色になるし、日差しが当たった葉の表面は明るい色だ」
「で、何の話なんですか?」
 神様は意に介さず続けた。
「すべての絵の具は、必要だからそこに塗ってある。絵がうまく描けているかどうかは、俺よりずっと上の神様しかわからない。人間は皆、自分が担った色の運命を全うするしかない」
 だとすると、なぜ神様は僕の願いを叶えようとしたのだろう。「たまに人間の勝手な願いを叶えてくれようとするのは、どうしてですか」
「前向きな偶然性のためだ。すべてが計算通りの筆運びでは、見ている側もつまらない。しずくがどんな意外な軌跡を残すのか、勝手に動くようにアレンジしておくのさ」
 ちょっとスケールが見当もつかなくて、だんだんついていけなくなってきた。
「どちらにしても、僕らはとても小さいひとしずくなんですよね?なんだか楽しい話ではないなあ」
「人間は無限が理解しにくいからしょうがないか。小さいしずくもこの宇宙全体も、結局はすべて同じレベルの存在なんだよ」
 今度は哲学になってきた。でもなんとなく、神様が僕を勇気づけようとしている感じは伝わる。最後まで付き合ってみよう。
「前にも言ったが、いつも側でキミたちの行動を見守っている。だから心の扉を開いておいてほしい。こうやって目の前に出ることは稀でも、進むべき道にいつも導いている。心が命じるままに歩いていけばいい。神様は、そうして素直に生きている人間が好きだ」
「でも神様、ご存知の通り、僕はすべてを失ってしまいました。これから何を希望に生きていけばいいのか、まったくわかりません」
「いや、まだ願いは2つしか叶ってないよ」
「え?プロジェクトの成功も社長も実現したじゃないですか。じゃあ結婚はなんだったんですか」
「あの女はキミより年上だし結婚も3回目だ。整形を繰り返して、なんとか美貌をキープしていた。俺が差し向けたなんて夢にも思わないでくれ。そんな手抜きはしない」
 体から空気がプシュ~と抜けていく感じがした。騙したな、あの女。僕のなけなしのお金も取られた。でも結局腹の底を見抜けなかった自分の未熟さのせいだし、憎しみよりは願いがまだ残っていた安堵の方が大きかった。
「あの女は知り合いの神様が担当だ。俺からもあんな性悪がのうのうと生きていけないように話をしておくから、悪い夢でも見たんだと忘れることだな」
 神様どうしでそんな話もしてるんだ。人間にとってなかなか息苦しいような気もするが、神様のことは神様に任せておこう。
「3つ目が叶うかどうか。これも前に言ったが、キミが本気で願っているかどうかにかかっている。せいぜい頑張り給え」
 神様はニヤリと笑って、またスーッと消えた。

 仕事を探しに面接に行き始めたが、幸いなことに少しは顔が売れていた僕は、営業部署の求人ではまあまあ好意的に受け止められた。そのうちの1社に決まり、ひとりで打ち上げをしようと夕刻の街を歩いていると、向こうから知った顔が笑って手を振っている。
「ひさしぶりですね!あれからどうしたのか、心配してんたんですよ」
 美沙子ちゃんだった。今日は眼鏡をしていない。灯り始めた街のイルミネーションがコンタクトレンズにキラキラと映り込んでいる。考えてみたら、正面からよく顔を見たことがなかった。こんなにキレイな娘だったっけ?と少し戸惑った。
「びっくりした。こんなところで会うなんて。どうしてここにいるの?」
「あの会社、私もなんだか居辛い気がして、転職したんです。この街にあるんですよ。新しい勤め先」
 なんという偶然か。神様の顔がチラッと思い浮かんだ。
「こんなところで会ったのもご縁なんで、この際だから言ってもいいですか?突然ですけど私と付き合ってくれませんか?イヤですか」
 なんでこんな大胆なことを言うんだろう。またまた神様の顔が浮かんだ。この展開は彼が手を回さないと無理だ。
「それは本当に嬉しいけど、僕なんて仕事もお金も全部なくなって、今日やっと就職が決まったばかりだよ。おまけに変な女に引っかかってバツイチだし。そんなんでもいいの?何の取り柄もないんだよ」
「知ってます。取り柄はないかもしれないけれど、一旦は社長にまで上り詰めたんだから、その運の強さを側でずっと見届けたいんです」
 彼女も、僕の無能を否定しなかった。でも貶されているのに嬉しさが勝っているなんて余程のことだ。これで本気を出さなかったら、神様に何を言われるかわからない。
「これから就職祝いで飲もうと思ってたんだ。付き合ってくれる?」
「もちろん。本当に良かった、偶然出会えて」
 神様が別れ際にニヤッと笑ったのを思い出した。3つ目の願いを逃さないように、精一杯頑張ろうと思った。

サポートのしくみがよくわからないので教えてください。