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小説「実在人間、架空人間」第二十話

 撃ったのは先崎だった。

 どうやら人に向けて撃たず、適当な場所に打ち込んでその場をしずめたかったようだった。そうしてその音に、その乾いた音に呼応こおうするようにして二人は息を止め、硬直した。

「俺には杉原てめえとは別にもう一丁これを持ってるからな、お前もお前だハク、二人共いい加減暴走するのはやめろ、ここまで敵を作ってしまったら杉原こいつはもう逃げられねえ、杉原はそれを覚悟して一旦落ち着け、ハクもだ」

「ふん、五月蝿うるさいわね、わかったわよ」

 そう言ってばつが悪そうに私達と距離を空けるようにしてテーブルの端にある椅子に座った。

 何と言うか、こうもあっさりと引き上げたのは恐らくは撃つ意思は無かったのかも知れない。杉原もここが不安なんだろう、自衛で虚栄きょえいを張り、自らを追い込み敵を作っては孤立する、そういう生き方なんだろう。杉原がどういう過去を持っているのかわからないが、それで切り抜けた経験がそうさせているのかも知れない。

 ハクはハクで涙を浮かべていた、当たり前だ、人殺しの一歩手前だから、この歳でそれは酷だろう、誰も攻められない。

 皮肉にもガクが否定した銃がこの場を収めてしまった。しかし、これからはそうもいかない、ここからはこのゲームをしっかりと捉える必要がある、今は一旦スタート地点に戻っただけだ。時間だけが消費されている、この無駄な争いが結果として架空側にに働いただけだ。

 ………。

 

 いや、まさかな……。

 架空側が優位に働くという事実から、これは架空側が仕向けた行為とも取れる。つまりは場をかく乱させてそう仕向けた、私達をその時間だけが浪費されていく状況に持っていった、架空側は攻撃的な行動が乗っ取る事以外ではできない、これはあくまで自然な形での攻撃方法、それは銃。

 その銃が使いやすい状況というのは今あった出来事で発生しやすい。そして、先崎は恐らくは人間側、その理由は銃を使わなかったから、架空側も先崎を乗っ取らないのはそれが安易だからだ。それは確実性に欠けるから、もし架空側がその先崎の持っているこの世界とは別の銃で撃ったところで、二~三人殺せるかどうかといったところだろう。

 それは向こうの意識では失敗できないという意識、乗っ取る側は不自然に固まるというルールから、やはり確実性を持って行動しなければ架空側は生き残れない。

 そうだと仮定して、ではこの先崎を省いた三人の内の誰かが架空側である可能性が残る。その内の二人が架空側でのコンビプレーとも考えることもできるが、しかし、意思の疎通はどう行われているのかを考えて単独であると考えて自然か。それは、仮にその中に二人の架空がいたとしても、コンビプレーというよりもそれに便乗して結果としてコンビプレーとなる、そう考えた方が良いだろう。

 ガクのあの行動も、杉原の意味不明な怒りに似た破滅行為も、ハクがそれに乗じた行動も、その全てが怪しい。

 だが、まだ判断材料としては足りない、ただこの三人は架空側である可能性が出てきた、現実世界からの言葉を持ってこの三人を例えるなら、容疑者といったところか。

 ……恐ろしい。

 もはや誰も信用できない、それどころか疑いたくもない者を疑わなければならない。

 このような下劣なゲームはさっさと終わらせた方がいい。

「それじゃあ、俺らも座ろうか」

 先崎がそううながして、それに誘われるようにして皆が椅子に向かった。そして、この先崎も結局のところもしあれがであったらどうか、先崎が場をしずめたに見えて、この場を掌握しょうあくしているとも取れる。手持ちの銃を撃ったという事実から容疑者として外れることを狙っていた、そう考えることもできる。

 やはり、容疑はあくまで容疑であり、誰が架空側であるかを現段階では特定することはできない。

 容疑者を絞れたようにみえて逆に複雑化されてしまった。これからその容疑者の疑いがどう晴れていくか、そこを明確にしていく他ない。杉原、ガクとハク、そして先崎、誰が味方で誰が敵か、全員が味方か一部が味方か、この先程あった論争から考えていくことが今できる唯一の手がかりになっている、。今はそこから掘っていくことしかできない、故にそれが最も効率の良い方法だろう。

 その疑いが晴れれば他が怪しい、その疑いが残れば絞っていく、今はそれしかない。

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